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五.鬼と化す人の子

 リコリスは、とっさにレグルスの腕を引く。そして、持っていた厚い紙束を兎にむかって、投げつけた。次の瞬間、放物線を描いていた分厚い紙束が食い千切られた。噛み痕がくっきりとついた本が三分の一ほどの大きさになって、特殊チタンの床に落下する。白い紙吹雪が、兎の周囲に浮遊する。


「リコ! こいつはいったい」

「やっぱり、(ハク)()()。なんで、どうして」


 小さな口いっぱいに紙を頬張っている白い毛玉に警鐘を鳴らす。ひたひたと、無数の足音がリコリスの鼓膜が捉える。リコリスはとっさに神の目を借り受け、白い兎を捉え全身の産毛を逆立てる。まるでコピーペーストを繰り返したかのように白い兎の角や耳、目、鼻などの顔のパーツの配置が一ミリも違わずに同一なのだ。


「ねぇ藤さん、これは一体どういうことなのかしら?」


 リコリスは弾かれたように顔をあげて、藤に向かって叫んだ。藤は、危機感を持っていないのか、無防備に兎のとなりにいる。

 ゆらりと上体を傾け、藤は千鳥足で近づく。そして自分の両の腕をまくり、ぼりぼりと掻き毟る。赤い筋が肌にいくつも走り、皮膚がめくれる。そこから滲む赤が、ぽつりぽつりと服を汚す。その自傷行為に、リコリスの上唇と下唇が呆然と離れていく。


「なにやってんの。藤さん」


 目に余る奇怪な行動に、藤がなぜこんなところにいるのかという疑問が吹き飛ぶ。とっさに脳裏に浮かんだのは、何らかの薬物の影響というものだった。


「やだっ。いやっ」


 人の身体がぐずぐずと崩れていくのは、精神的にくるものがある。顔が解けて、一つの大きな目が代わりにぎょろりと出現する。あるはずの鼻も口もない。どこから音声を出しているのかはわからない。体が蠢くごとに、人型から崩れていく。


「うっ」


 胃の中のものがせりあがってくるのを感じた。体をくの字に折り曲げて座り込む。リコリスは唇をわなわなと震わせて、なんとか言葉を紡いだ。


「ふ、ふじ、さん?」


 その瞬間リコリスの脳裏に過ぎ去った感情は何だったのか。頭部に鋭くある金色のらせんを描く角に瞳を押し開く。渦巻く感情は複雑すぎて、リコリス自身にもわからなかった。リコリスの下唇が押し上げられて、口角が下がる。


「どう、して。どうして。ねぇ。だって……」


 ぶよぶよとした蛞蝓のようなそのおぞましい姿に産毛を逆立てる。やがて、藤だったものが頭部に金色の鹿の角が生やした白い兎へと姿を変える。ぐわっと大きく開かれた赤い口腔内に並ぶ鋭い牙に息をのむ。忘れることをゆるしてくれない残酷な記憶を呼び起こす。自爆覚悟で、天体都市一つを砕く破壊力も、鬼という人知を超えた生命体の前では五年の足止め程度しか意味をなさなかったというのか。


「人が、鬼になったっていうのっ」


 リコリスは、天を仰ぎながら地面に座り込んでいた。自分が今、どこにいるのかもよくわからなくなっていた。現実にいるのか夢の中なのか。繰り返される悪夢を見ているのか。気が狂いそうだ。『吸血鬼事件』に巻き込まれた被害者がもしみんな鬼に変貌する可能性を秘めているのだとしたら、今誘拐されている心花はいったいどうなるのだろう。


「危ない。リコっ」


 座り込むリコリスに食らいつこうと白兎が、腹まで避けるような勢いで口を開ける。円状に並んだ白い牙が、作り物の月光を浴びる。やけにスローモーションに見えた。レグルスが刀を、握りしめると同時に、さやから抜き放ち、間一髪で白い兎の牙を受け止める。


―――ガキン。


 とても、草食動物である兎が立てる音とは考えられないような鈍い音が霊場に響く。攻撃を受け止めながら、レグルスは叫んだ。


「リコ、しっかりしろ。足手まといにはならないんじゃなかったのかよ」


 五年ぶりの敵との再会に、リコリスの心臓は痛いくらいに早鐘を打つ。復讐に呑まれそうな心を叱咤する。


「ならないわ。レオくん、あれは鬼。普通の武器による攻撃は何も聞かないわ。だから、鬼に対抗できるその刀『鬼切り丸』を離さないで」


「鬼! 前もそれ言ってたな。ブレインプロテクトに抵触するって言っていたな。もしかしなくとも、こいつら化け物が惨劇の原因だなんて言わないよな」


 わけのわからない状況にも関わらずいつもと変わらない信頼を宿した目でリコリスを見つめる。予想はしていたものの返っていた首肯に、冷や汗を垂らしながす。


「レオくん、逃げるわよ」


「わかった。あの化け物は、放置でいいのか」


 リコリスは、フェネストラを操作し、扉の向こうのワッカ・カムイとコンタクトを取る。


―――Trust me! To be able to gain time before the deadlines. 時間稼ぎは任せて。


 頼もしい返事に、唇の端を吊り上げる。


「よくないけど、それよりも、心花の方を優先する。心花をあんな人食いの化け物には絶対にさせたくないの。だから、カウント三で飛んで」


 レグルスは刀を押し付ける力を緩めることなく頷く。表情は険しい。こんなに怖い表情は初めてで怯みそうになったが、リコリスは拳を握った。最大レベルのトラップを順番に解放していく。


「カウント、三、二、一」


 最後の掛け声とともに、二人は転がるように飛びのいた。それと同時に音もなく、藤だった鬼と白い兎鬼どもが奈落へと吸い込まれる。


「行くわよ。レオくん」


 二人はそれから振り返ることなく鳥居を駆け抜け、霊場を離脱した。



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