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三.二の舞にはさせない

ブックマークありがとうございます。前回毎日更新するって宣言したのに、三日坊主ならぬ二日坊主になってしまいました。ごめんなさい。いろいろ立て込んで。明日と明後日の分は予約投稿できたので、今度は三日坊主にならないはず。

「あ、ああああああああっ」


―――― Calm down! 落ち着いて。


 かつて、地球の海に生息していたというくらげが海を汚しつくした報復とばかりに人を食らっていく。容赦なく次々と人が化け物に食われていく地獄絵図。リコリスは、たまらずうずくまる。

 記憶の中の母の首が、椿の花が朽ちるようにあっけなく落ちた。あの細い体のどこに詰まっていたか不思議な量の血液が、噴水のようにほとばしりボートのガラスを赤く染め上げた。


―――外へ、いってらっしゃい。あなただけでも、生きて。辛くても生きていれば、きっと……。


 その言葉が最後だった。昔の自分が「かあさま、かあさま」と脱出用のボートの出入り口を叩く。立ち尽くすリコリスの目の前で、母を殺したやつらは歯を亡骸にうずめて血をすすった。

 やつらの目もあんな風に渦を巻く黄金色の瞳だったではないか。どれだけ悔やんでも、時の壁は越えられない。行き場のない感情を叫び声に変換して吐き出す。


「っはあ。はあ。はあ。許さない」


 感情に反応したように、マンダリン袖で隠れた両の手に赤いうろこがびっしりと蔓延る。烈火に染まったカーネリアンの瞳から苦痛と悔しさのにじんだ大粒の涙が滴る。


「絶対に、おまえらだけは許さない。お前ら鬼はあたしから故郷を、かあさまを、ニライカナイを奪っただ

けでは飽き足らず、心花までも奪うのかっ」


「リコ? 一体どうしたっていうんだ。さっきから、おかしいぞ」


 レグルスの手がリコリスの両肩をしっかりとつかむ。レグルスははリコリスを揺さぶりたいのをなんとかこらえているようだ。


―――The orders have been received. 注文が完了しました。


 ワッカ・カムイの言葉に、天啓を得たように、顔を持ち上げた。霊場に、竜宮城を忠実に再現した模型を宙に浮かびあがる。そして、心花の現在位置を赤い縁で囲み、ポップアップウィンドウで詳細を表示させる。


「リコ、大丈夫なのか」

「あたしは、大丈夫。心配かけたわ。それよりも、ここに心花が居るのね」


―――I'm positive.間違いありません。


 確信を持った声とともに、どや顔の顔文字が浮かび上がる。ワッカ・カムイは、気温、湿度、総人口数、人口密度、残存酸素量、備蓄、運動消費熱量などのあらゆる観測値を照らし合わせた末に見つけ出したと自慢気にいう。全体で見ると誤差の範囲だが、細かく事件現場を範囲指定して調査してみると無視できない程の異常なデータの差異を検出したので、それを追跡していったのだという。


「視覚映像に細工していたのか。目撃情報が取れないわけだ。でも、消えたように見えただけで、実際は堂々とそこから歩いていたのか」


 人力では気が遠くなるほどの仕事量を要する捜査方法に、レグルスが深刻そうな表情でそう呟く。リコリスは、瞼の奥にちらつく鬼の残像に舌打ちし、心花の一刻も早い救出作戦を練るために、マップを穴が開くほど見つめる。


「これは……っ。この場所はやっかいだわ。なんだって、あいつらはこんなところに心花を」


 悲鳴じみた声に、レグルスもまたマップを覗き込む。そして、政治的に厄介な場所にうめき声を漏らす。


「海階の外交区画か。救出するにも、公にしないのなら、人数を絞らないといけないな。最悪の事態を考えると、直接乗り込めるのは、護衛の名目を使ってぎりぎり俺とマリアぐらいか」


 リコリスは、目を閉じ、深く息を吸う。全身の震えが収まり、代わりに緊張が神経に流れていく。今動くべき行動を思い浮かべながら、細く長く息を吐き出す。


「あたしもいくわよ……ワッカ・カムイ。悪いんだけど、あたしのバトルドレスを用意してくれるかしら。それから、船長に、現在の状況の報告と『鬼退治』の準備をするように連絡を入れてもらえるかしら」


―――Sure. わかったわ。


 きちんと整列したスーパー・コンピューターの緑色のランプが目まぐるしく明滅する。


「リコ! 行くって、どういうことだ。誘拐犯の戦力もわかっていない。危ない」


 咎めるようなレグルスに、背を向け部屋の最深部にある金庫を開く。その中から、ルビーのような赤い石がはめ込まれた対鬼武器を取り出し睫毛を震わせる。ボストンバックの中に、手当たり次第に武器を突っ込む。音を立ててチャックを閉める。


「足手まといになるつもりはないわ。レオくん、あたしだって戦えるわ。それに、……このままだと足手まといになるのは何もいらないレオくんたちの方」


 振り返ると、肩を怒らせた大切な幼馴染がいた。自制できないほどの怒気が、空調の効き届いた霊場内に広がる。


「リコっ。なんで、一人でやろうとするんだよ。どうして、俺らを頼らない。今、リコは俺を遠ざけようとしたよな」


 苛立ったように叩く音に、心臓が跳ねる。自分一人で何でも解決できるっていうのは思い上がりだなんてことは、嫌というほどわかっている。もし、万能だったのならあの惨劇を生き残れた人間はもっと多かったに違いない。


「俺らは、騎士だよ。守るのが仕事だ。リコの知らないこの十年間で、俺は強くなった。自惚れじゃない。この歳で隊長を任されるほどだ。あの惨劇で、再会しようって約束したリコを失ったと思った。俺がっ、どんな気持ちで今日まで過ごしてきたかなんて、永遠にリコにはわからない。どうして、リコはもっと周りを頼らない。もっと頼れよ」


 愛を込められたレグルスの怒りに、鳩尾にずんと重たいものが走る。胸元を飾るリボンがゆがむほど握りしめる。


「なぁ、リコ。何を隠してる。リコは一体、何と戦おうとしているんだ」


 リコリスは、何も言わずに鞘におさめられた緋色の刀をレグルスに押し付けた。音もなく近寄ってきたホームメイドロボットから、バトルドレスを受け取る。


「あたしは、この『竜宮城』をニライカナイの二の舞にさせるつもりはないわ……着替えるから、あっち向いていて」

「どういうことなんだよ、リコ。この刀は何なんだ」


 リコリスは背中のチャックに手を掛け勢い良く引き下ろす。目をむいたレグルスは、盛大にうろたえて背を向ける。


「おいっ。俺は、あっちに行っているから、着替え終わったら絶対に声を駆けろよな。出入り口は見張ってやる」


 飲み込んだ唾が喉に引っかかったのか、レグルスは激しく肩を上下させて咳き込む。パニックに陥ったレグルスに胸がすくような思いを感じながら、あっという間に黒を基調としたバトルドレスに身を包む。ついでに、COSMAPで、さっきまで来ていた魔女服を完璧に再現して見せた。


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