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一.衣替え

 翌朝、ホテルのロビーで二人と落ち合った。昨日とは違い、騎士の方が先に待ち合わせ場所についていた。マリアが、二日連続でかぼちゃ頭が嫌だとうるさいので、もう一度、紫薇の店に顔を出すことになった。


「いらっしゃい。あら、心花ちゃんとリコリスちゃんじゃなぁい。おとといぶりねぇ~」


 照明の絞られた店内には、首のないマネキンが個性的な服を身にまとい列をなしていた。店内とぐるりと囲うように、刺激的な色彩のドレスやレース過多の砂糖菓子のような服の数々がハンガーポールにつるされている。珍しく店長である紫薇が、娘とその護衛を迎え入れた。


「あ、お母さん。おひさー」


 紫薇にひょいと身軽な足取りで接近すると心花とリコリスを抱き寄せる。機械油の臭いがした。


「昨日はリコちゃんとお泊り楽しかったかしら? あらぁ、リアファルさんもおひさしぶりね。うちのかわいい娘達の護衛ありがとうね。そっちの、かぼちゃ頭の彼女は、はじめましてかしら? 心花の母、紫薇・飛です」


 マリアが、慌ててかぼちゃ頭を脱ぎ、頭をさげ挨拶をする。


「なに、あなたたち。あのハワード侯爵令嬢に、そっ、そのかぼちゃ頭をかぶせていたのっ。あはは、あはははっ」


 腹を抱えて笑い出す。そのたびに、サテンのきわどいスリット入りのスカートが揺れ動く。 ひとしきり笑った後、マリアのために適当な雌豹の耳と尻尾を見繕う。


「さて、マリアちゃんの衣装替えが手早く済んだことだし、本命といきますか。心花ちゃん」

「まかせて、お母さん。昨日のくすぐりの刑のお返しだよ、リコちゃん」


 リコリスは、突然の話題転換に半歩反応が遅れる。その隙を逃さず、がっしりと、右を心花、左を紫薇に捕獲された。


「え、ちょっと。本命って何。お返しって、いらないわよ。物凄く嫌な予感がするんだけど」


 飛実親子は共謀し、リコリスをフィッティングルームに連行していく。カーテン越しから、暴れまわる音に続き嬌声に近いが悲鳴が上がり、レグルスはそれとなく視線を逸らす。


「あの、レオ様……この格好は、わたくしに似合っているでしょうか?」


 マリアは、前かがみになり胸の谷間を強調させ、上目遣いでレグルスの顔色を窺う。


「よく似合っているよ、マリア」

「ありがとうございます。レオ様。選んだのがリコリスさんというのは面白くありませんが……レオ様もその耳と尾がとても似合っておりますわ」


 マリアは、じっーと見つめているうちに、レグルスの耳が赤く染まっていくのを見てほくそ笑む。長い付き合いのある自分だからこそ気がつける程度の変化に、高揚する。


「マリアは、リコのことがあんまり好きじゃない?」

「嫌いではありませんよ。心花さんを見る目がとてもやさしいですし、悪い人ではないということはわかります。仕事に私情を持ち込むつもりはありませんが……ずるいとかいいなとか思ってしまいますわ。まったく、レオ様のせいですわ」

「俺のせい?」


 耳をぱたんと落とし、うなだれる上司に満面の笑みを浮かべながら「はい」と口にする。クリーム色のカーテンの隙間からひょっこりと紫薇が顔を出しにやにやとした笑みを浮かべる。


「あらぁ。なんかいい雰囲気になっているじゃない。ふふふっ、でもうちのかわいい娘達も負けてないのよん」


 心花がコチョウランの髪飾りを揺らしながら続けざまに顔を出す。だだをこねるように左手で褄を取り、逃げ出そうとしているリコリスの尻を紫薇が撫でる。びくんとのけぞり、左手が離れると、裾は波を打つように広がる。


「もう、リコちゃん。こんなにきれいに着こなせるんだから恥ずかしくなんかないでしょう。レオくんに見せてあげなきゃ」


 試着室のカーテンが勢いよく取り払われた。


「レオくん、なんかこの人たちを楽しませるような感想をどうぞ」

「なんかハードルが、あがったな。……リコ、なのか?」


 月のような美しさに、思わず息を詰めてしまう。スッと通った鼻梁に、薄い唇は朱を刷いたため赤く色っぽい。漆黒の髪に、長い睫毛で縁取られたぱっちりとした紅の瞳。陶器のような肌はきめ細かい。黒の古風なカラーに赤金の彼岸花が咲き乱れた大振袖の打掛。肩口に蝶が止まった刺繍。


「うん、変かな」


 リコリスは頭に乗せた黒狐の耳を指で挟んでいじくる。いつの間にか染められていた黒髪は、紅白の彼岸花で飾り立てられている。腰口から生やした尾がどこか落ち着きなく揺れ動く。


「ああ。これ、COSMAPで髪を染めたの。あたしの特別製で、結構細かく設定できるから……」


 レグルスは、のどの奥に何かが引っかかったように言葉が出てこない。芝居に出てくる女優のような目を引くリコリスに、マリアもまた同性でありながら目を奪われた。そして、食い入るように見つめるレグルスの視線の先に気がつき、暗い炎が身を焼く。そんな己の感情に中てられ、場の雰囲気を突き破るような甲高い声を上げていた。


「卑怯ですわ! 絶対、詐欺ですの。髪の色だけではなく顔の形や体形まで変えているに違いありませんわ。むぅ、さぁ。すぐにそのCOSMAPを脱ぐのです」


 溜まりにたまった不満を吐き出すように、COSMAP解除を息巻く。マリアの頭に紫薇からのチョップという名前の制裁がくだる。マリアは、己の浅はかな発言に打ちしおれる。


「だめよー。マリアちゃん。もし、そんな真似したら、この船にもう二度と立ち入りさせてあーげない。女の子には秘密の一つや二つや百万個くらいあったって全然かまわないのよー。むしろ、それが魅力になる。だって、ほら、男の子って、隠されると暴きたくなるでしょう?」


 ちらりと、紫薇は、何枚もの布で厳重に覆われている胸元に手をかける。レグルスの視線が左右に大きく揺れる。マリアは、容赦なくレグルスの脇腹をつねるリコリスの姿に心が揺らぐ。


「いたっ。やっぱりリコの和服姿は俺結構好きだな。なんていうか髪の色には違和感があるけど、しっくりくるっていうか……すごくかわいいし、似合っている」

「一応合格にしてあげるわ。あの二人なんか身もだえているしね。髪の色が不満なら、元の色に戻すけど?」


 COSMAPを軽く操作し、髪色の設定を修正する。それと同時に、耳と尾の色も髪の毛の色と同じ紅色へと早戻ししていく。


「……嗚呼、リコのもとに帰ってきたって気がするよ」


 心から満足した綿あめのように溶けてしまいそうな笑みに耳をそわそわと動かす。頬がじんわりと赤くなるのを自覚して、顔をそっぽ向ける。


「おかえり、レオくん」

「ただいま、リコ」


 ここはニライカナイではないけれど、ようやく口にした当たり前の言葉に何かが満たされていくのを感じた。



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