九.ひと時の安らぎを
ウォーターヒヤシンス天蓋付きクイーンベッドにぱたりと二人そろって倒れ込む。さすがに、スイートルームだけあって、ベッドのクッション性が丁度よい。
「つかれたー。たくさん歩いたよ」
「おつかれ、心花。あの後、数軒、回ったもんね。あたしも足痛いわ」
「リコちゃんは、運動不足なんだよ。もっと、私生活しっかりしないとまた上弦先生から三食監視付きのお達しがくだるよー」
ごろんと、転がって互いの顔を突き合わせる。
「ねぇ、リコちゃん。お互いの部屋以外でのお泊りって、初めてじゃない?」
リコリスの脳裏に、病院のベッドで寝起きした記憶がよみがえるがあれはノーカウントだろうと、視線を巡らす。
「リコちゃんは、レオくんと再会できてうれしかった」
小さな体の反応も、同じベッドで横たわっているせいで心花に筒抜けになった。恥ずかしくなってぽふんと、枕に顔を押し当てうつぶせになる。
「わかんない。あたし的には、もう諦めていた成長したレオくんの姿が見れてラッキーっていう気持ちがあるよ。でも、レオくんのことを想うと……逢わない方がよかったのかなって思っちゃう」
白い枕カバーに水滴がこぼれる。―――余命、半年。リコリスの命は、五年前の惨劇を契機に削られ続けて、残された猶予は希望的要素を過大に含ませて三年と宣告を受けていた。リコリスは、視界の端に表示されているタイムリミットをかき消すように、強くシーツを握りしめる。
「リコちゃん……わたしも父さんもお母さんも、まだあきらめてないよ。だから、リコちゃんもあきらめちゃだめだよ。わたしもお母さんも来年のリコちゃんの衣装づくりにもう取り掛かっているんだからね」
温かい手が、リコリスの髪を優しく撫でてつける。遠い地で眠る神を少しだけに憎らしく思う。心花とは反対の方向に顔を背けた。自分の身体だからこそ嫌でも余地が間違っていないとわかってしまう。
「もったいないよ。COSMAPで済むのに。わざわざ、一から作るなんて、今どき普通の服でも下火だよ。でも、ありがとう。そうだよね、生きていなければ、今日だってこうして懐かしい人に会えなかったんだもんね」
ふてくされたような言葉に、衣擦れとともに空気が震える音がした。
「そうそう。あのね、リコちゃんがレオさんといるとき、とても自然体ですごく驚いたの。嗚呼、本当に、リコちゃんが心許している人なんだなって、行動の端々からすごく伝わってきて……ちょっぴり、嫉妬しちゃった」
顔を一八〇度回転させて、くすくすと笑う心花をガン見する。
「え」
「やだ、無自覚だったの。じゃあ、レオさんの方もそうなのかもしれないなぁ。似た者同士なのかも。レオさんもリコちゃんの傍だとすごくよく笑うんだってマリアさんが言ってた。六年も交友があるのに初めて見る表情もあって新鮮だったって」
「睨まれていた理由って、レオくんのせいじゃん。それって。心花は、レオくんのことどう思う? 心花だって、ほぼ初対面に近いレオくんと会話が弾んでいたじゃない」
布団を頭からかぶりながら上目遣いで、心花に尋ねる。心花は意地の悪い笑みを浮かべ、瞳にらんらんとした光をともす。
「嫉妬かな。嫉妬。でも、どっちに嫉妬したの。わたし、それともレオさん? あ、マリアさんってこともあるよね……あ、拗ねちゃいやん。別に、わたしはリコちゃんからレオさんを取ったりしませんよ」
「嫉妬じゃないわ。嫉妬する資格なんてないもの。ただ、心花が今朝、気にしていたイケメン騎士がレオくんだったわけだし。心花が、その気があるならレオくんとの仲を取り持ってもいいかなって……らしくないのはわかってるけど。だいすきな二人には、幸せになってほしかったから……以上。寝る。おやすみなさい」
熱く疼いて主張してくる部位をパジャマ越しに抑え、布団の中に頭まですっぽりと埋まる。心花は、そんな子どもっぽいリコリスの行動に年相応の笑みを深め、抱き付く。リコリスは体を丸め、やわらかくいい匂いのするぬくもりに抱きしめられながらまどろみに落ちた。
―――大好きで、大っ嫌いな神様。どうか、おねがいします。運命を受け入れるので、どうか、これ以上、周りに不幸をまき散らさないでください。
第一章はこれで完結となります。第二章をお楽しみに。近日公開予定。