2週間後
カツン、カツン・・・・
階段を一段一段上がるたび、足音が響く。
カツン、カツン・・・・
狭い階段には足音と己の息づかいしか存在しない。
カツン、カツン・・・・
ようやく出口が視界に入る。
カツン、カツン・・・・
ゆっくりと扉の前に立つ。
ドアノブを握り、思い切り押し開ける。
すると、いきなり眼にすごい光が飛び込んできて、眼を細める。
ドアの先にはとてつもなく広い敷地が広がっている。
空は快晴。まるで2週間前のことが夢の中の出来事に思えてくる。
先程の階段での静寂がまるで嘘の用に鳥のさえずり、遠くからは人の声すら聞こえる。
私――中丸陣矢は悩んでいた。
もちろん中井海斗のことだ。なんとか元に戻せないかあれこれ考えているが、いまだ分からない。
世界中の科学者にも協力してもらっているが、彼らも分からないようだ。
今から約2ヶ月前、日本中から大勢の人が行方不明となる事件が発生した。
警察を総動員して捜索が行われたが誰一人として見つからなかった。
警察や自衛隊までも出動して捜索していた。そんな時自衛隊本部にある無線機に通信があった。
もしやと思い、無線にでたら、通信の相手はなんとただの子供だった。不審に思いつつ、話を聞いてみると、それは驚愕のものだった。どこかの島で残酷な実験が行われているというのだ。その実験とは、人間をゾンビにするという実験らしい。もちろん、そんな話誰も信じなかった。
しかし、一人の男――柳田という奴が遊び半分で、そこにいる、人の名前を聞き出した。
他の奴らも、冗談半分のつもりだった。だが、彼が言った名前を聞いて、今度は別の奴が声を上げた。
彼は急いで近くにあったコンピューターに何か打ち込んでいた。そいつ以外の奴らが一斉に見守る中で彼はただひたすらコンピューターと睨めっこを続けたあと驚愕の顔を浮かべた。
「お、おい、どうしたんだ?」
そう聞いたのはふざけて無線の相手に名前を聞いた奴だった。
彼は驚愕の顔のままこっちに視線を向けた。そして、彼が発した言葉を聞いたとたん、全員が固まった。
「その人が言った名前が全て、行方不明となっている方達の一部と一致しました。しかし、全員ではあ
りませんが・・・・」
しばらく誰も何も言わなかった。
最初に沈黙を破ったのは柳田だった。
「まさか・・・ありえんだろ・・・」
誰もがそう思っていただろう。しかし一人だけは違った。
そいつは先程、コンピューターと睨めっこしていた奴――太田――だった。
「だが、偶然なわけありませんよ。だって、全員の名前が一致してるんですから。」
それを聞いた柳田は少し黙考したあと、慌てて無線機をつかんだ。
「おい!そこはどこの島か分かるか!?」
と怒鳴った。
『分からない。島の周りには何も見えない。』
柳田は黙考した後、何か閃いたように、顔を上げた。
「おい!宮崎!こいつが使ってる無線のありかわかるか?」
宮崎とは司令部にいる情報兵で、電話している相手の場所を突き止めることを得意としている奴だ。
「そう言うと思って、すでにしらべてあるよ。」
「ば、場所は!?」
「分かったよ。場所はだな、えーと・・・太平洋にある島だ。えーと・・・経度は・・・」
その言葉が言い終わる前に柳田が勢い良く立ち上がって怒鳴った。
「よし!お前ら、まだ本当かは分からんが、言ってみる価値はある!その島に行くぞ!」
「おう!!」という返事とともに数人の兵士が柳田についていった。
そして今に至る。というわけだ。
中井君は、必ず自分の手でしなければいけない事があるから一旦帰ってきたと言っている。そして、そ
れが終わればまた再びあの島に帰るらしい。しなければいけないこと、というのは、全く話してくれな
い。いったいなんなのか・・・。その瞬間、頭の中で再び、あの無線での話が再生された。
『島で残酷な実験が行われている。頼む。助けてくれ・・・』
「実験・・・・もしかしてそれに関係してるのか?」
おもわず声に出して呟いてしまい、慌てて周りを見回す。
誰にも聞かれてないことを確認するとふうっと息を吐く。他の皆には決してばれてはいけないのだ。
なぜなら彼に絶対言うなと言われているからだ。
唯一つ、気がかりなのは、あの子が他の皆に話さないか、ということだ。
あの子というのは、昨日、中井君と話をしていたときのことだった。
「お、お前、な、中井?なんで・・・ここに・・・?」
中井と今後のことを話していると、いきなり入り口のドアが開いて人が入ってきた。
その少年は確か、中島健兎というあの島からの生還者の一人だったはずだ。
「どうしてここにいるんだ?中井・・・」
再び健兎が聞く。
中井は小さく息を吐くと椅子から立ち上がり彼に向き合った。
「・・・っ」
とたんに健兎が息を呑んだ。
中井の顔には片目が無かったのだ。そんな彼を気にせず、中井は彼に近ずくと口を開いた。
彼は彼が発する言葉に少し期待をした。そう、感染症を治す方法が見つかり、自分は直ったのだ、とい
う言葉を。しかし、中井が発した言葉は彼の期待を大きく裏切るものだった。
「えーと・・・君誰だっけ・・・・」
彼はその言葉を聞いて驚愕した。彼は自分のことを忘れられているなんて思いもしなかったのだ。
「誰だっけって・・・お、覚えてねぇってのかよ!?あの島で一緒に戦ったじゃねぇか!!」
そう言っても、中井は首を捻っている。
「お、おまっ・・・!どういう・・・・」
そこで、彼は一つの可能性にたどり着き、絶句する。
「・・・まさか・・・」
直ってないのか、という言葉を彼は口に出して言うことが出来なかった。
中井の隣で中丸は頷いた。そして、中井に彼のことを説明した。
「ほら、中井君、中島健兎君だぞ。あの島で君と一緒に戦っていた者達の一人だ。」
それでも中井は思い出せないようだったが、やがて、「あっ」と呟くと、顔を上げた。
「健兎、君か!?」
健兎はそれを聞いても安心することが出来なかった。中井はまだ直って無いのだ。と、いうことだけが彼の頭の中を支配していた。しかし、ならば、何故。直ってないのに彼はここにいるのか。
彼の考えていることを見透かしたかのように、中丸が口を開いた。
「中井君はまだ直ったわけではないが、しなければいけないことがあるから一度戻ってきているらしい。だが、それが終われば彼は再びあの島へと帰ると言っている。」
健兎は何も言わなかった。いや、言えなかったのか。
「健兎、受け入れきれないだろうけど、分かってくれ。さっきので分かるように僕は感染症のせいで
記憶も消えかけているんだ。その前に必ずあいつらをどうにかしないといけないんだ。」
健兎は唇を噛んだ。自分には何も出来ないのかというやるせなさがどうしても消えなかった。
「健兎、頼む。このこと、誰にも言わないでくれ。出来れば、皆を巻き込みたくない。」
その言葉に健兎は思わず頷いていた。
「・・・・分かった。」
それを聞くと中井は初めて、顔に笑みらしきものをうかべた。
「ありがとう。・・・・・・それと・・・ごめん・・・。」
健兎はそのまま何も言わずに部屋から出て行った。
中井はそれでもじっとそうしていたが、やがて、大きく息を吐くと目元をぬぐった
「まだ、涙が出るなんて、ちょっと嬉しいな・・・」
彼はそれだけ呟くと奥の部屋に入ったっきり出てこなかった。
――もしあのことを他の子達に知られたら非常にやりずらくなる。
今は彼が何も言わないことを祈るばかりだ。
「あ、中上君、ちょっといいかな。」
傍を通りかかった一人自衛隊員を呼び止める。
「は、なんでしょうか。大佐殿。」
彼は駆け寄ってくると敬礼をする。
私は他の皆の様子を聞いた。彼は少し眉を寄せたが、すぐに思い出したようだ。
「はい。皆さんはどうやら、やっとこちらの暮らしに慣れてきたようです。もう普通の学生と同じような
笑顔が戻ってきてます。カウンセリングも最早必要ないかと。・・・・ですが・・・。」
中上は少し言いよどんだ。
「どうした?」
「はい・・・ですが、鈴木さんはまだ完全にはショックから立ち直れてないようです・・・・」
その少し予想はしていた返事に私はため息をつく。
「まぁ、そうだろうな。私も同じ経験がある。だからそのつらさは痛いほど分かる。・・・とりあえず、まだ様子を見よう。」
頷いて中上は去っていった。
「・・・・辛いだろうな・・・だが乗り越えないといけないぞ。鈴木さん・・・・君の人生はここからなんだから・・・・」
本人がそこにいるわけではないが声に出して呟く。そしてそのまま回れ右をして歩き出す
まだ2週間。彼らにはまだ時間が必要だ。
次話へと続く