第八節;己
和宮が、皇居に帰って間もなく、新たに訪問者がやって来た。
藍色の髮、穏やかなオーラを纏っていても何処か頼りになってくれる気がする。
そんな落ち着くオーラを取り巻く青年。
和宮の婚約者熾仁であった。
「ああ、華宮…
和宮が帰ってきてくれたよ、色々してくれたようでありがとう」
穏やかに微笑む姿は、好青年そのものだ。
「私は、和宮に幸せになってほしいだけでなのです…熾仁殿…和宮を幸せにしてはくれませぬか?」
「…吾が命に変えても」
かた膝をつき、何処か主従関係を思いつかせる形で彼は華宮の前で誓った。
「懐かしいですね…熾仁…
私の唯一の友人…」
そう。熾仁は、華宮の唯一の友人でもあった。昔、熾仁が子供らしくやんちゃであった頃に、立ち入って居座ったのだ。
だから、熾仁は華宮の現状をよく知っているし、和宮お同じように大切であると感じている。
それが、恋愛感情なのか、それとも友情なのかは熾仁だけ知っていれば良いことである。
華宮が知る必要はないし、増してや和宮は絶対に知らなくていいことであった。
「…和宮は、幸せにする、だが私は、華宮…お前も…っ!」
「私は、私の幸せを見つけているのです」
そっと、見えないはずの熾仁の頭に手を置き優しく撫でる華宮。そのまま優しく微笑み続ける様はどう見ても女神のようで、優しく神々しい。
「だから、必ず和宮を幸せにしてあげて…」
熾仁は、そのとき大方を察してしまった。長年華宮と友人関係を続けていたのだ、それくらい察せなくては、友人がつとまらない。
(だがっ…お前はいついかなるときも他人のことばかりっ!)
(私の幸せは…
和宮が幸せでいることだから)
だが、誰も結局は華宮の幸せに気づけていなかったのだ。華宮自身でさえも。
それは、彼女がずっと隔離されていたことも関係がある。
人並みに遊び、学び、恋し、悲しみ、苦しみ、嘆く。
それを知らない彼女にはわかるはずもなかった。彼女の回りには和宮とただ数人の付き人、熾仁しかいなかった。だからこそ、
関わることもなかった、考えることもなかった自身の幸福を見つけることなどできるはずもないのだ。
「悲しい人間だな…」
(どうして?)
「お前の楽しみは、幸福はなんだ?」
(…和宮が、来てくれること。和宮と熾仁が幸せになること。付き人さんが早く楽しめるようになること。)
「そこに、お前の利益はないな…
お前は…
なぜ、傲慢に普通になりたいと願えない」
(…そんなの勝手すぎるから)
「謙遜するな、己自身がしたいこと、勝手に述べろ。お前ごときの願いなど容易いものだ」
(だったら…
私は、普通に生きたかった…
和宮のように、無邪気に駆け回って
恋をして、学んで、親に…
両親に好かれたかった…)
その夜…
華宮の姿は忽然、消えた…