第五節;妖精
どうやら、彼は妖精と呼ばれるものだと言う。
「多くの人間は、私をそう呼ぶ」
そう、彼は言った。
悲しげに…華宮は顔色が窺える訳ではない。だから、音や気配に敏感なのだ。そして微かに感じた悲しげな声を不思議に思った。
「生きるのが、辛いのですか?」
「…なぜ、そう思う」
「貴方が…泣いている気がした」
初対面なのに、昔からいるような不思議な感覚。そして彼が辛いと華宮までもが辛く感じた。
「お前を…ずっと、見ていた」
「…はい」
「雨の日も…風の日も…よく晴れた日も…」
「…はい」
「だが、どれもお前は…」
"辛そうだった"
彼は続けていった。
辛そうに見えたのだろうか、和宮と話をしているときも女中から外の話を聞いているときも…
花を…育てているときも…
「何をそんなに閉じ込める」
「私は…利用されるだけの存在ですから」
すんなりと言葉が出た。
そう、使えない私はいつか親に利益がわたるような相手と婚姻させられ、その相手と共に檻の中で暮らすのだ。
変えることのできない、逆らうことのできない話。
「私…目が見えないのです。生まれてから1度も。どんなに綺麗だと言われても…その存在を見ることは叶わない。
見ることができなければ、あまり動くこともできず、この屋敷から外なぞ出たことはありません…」
「お前は、外に出たいのか」
「出られるものなら…」
「お前は、見るということをしたいのか」
「見れるというのなら…」
彼の言葉一つ一つに本当の思いを告げる。
こんなに簡単に思いを吐く相手がいるだなんて思いもしなかった。
ましてや、最初は親が私を殺すために雇ったものだとも思っていたのだから…だが、私はまだ生きている。
"まだ生きてしまっている"
「貴方は…私の木蓮みたいですね…」
「…木蓮か?」
「花そのものの命は儚いですが…
私の道しるべになってくれる…そんな気がしたのです。」
「…"恩恵"か…」
木蓮の花言葉は、『自然への愛』『持続性』『崇高』『高潔なこころ』『慈悲』『荘厳』そして『恩恵』早々と春の知らせを届ける凛と咲く花…
「こんな私の…道しるべになって下さいますか?」
「私も…面倒な姫と出逢ったものだ」
優しい声と共に頭を撫でる不器用な手。暖かさに涙が出そうになった…
"ありがとうございます、木蓮様"
これが、初めて木蓮様と交わした私の約束でした。