第7話 惨劇
【政府首都グリードシティ 南部市街地】
人々の悲鳴が、津波のごとく押し寄せてくる。市街地は混乱……そんな言葉では言い表せぬほどの状況に陥っていた。
「いやだぁ!」
[攻撃セヨ!]
「助けてくれ!」
[破壊セヨ!]
「死にたくない!」
我先にと逃げる市民たち。倒れた人を踏みつけ、誰もが一目散に逃げている。だが、逃げる方向はバラバラだった。なぜなら、逃げる方向にも軍用兵器や魔物が暴れまわっているからだ。後ろも前も敵ばかりだった。
「もういやだぁあぁッ!」
[破壊セヨ!]
「うわぁあぁッ!」
[攻撃セヨ!]
「に、逃げてください! ここは私たちが、――い、いやぁぁッ!」
[破壊セヨ!]
「え、援軍をっ、負傷者が数えきれないほどに……」
[攻撃セヨ!]
道路には横たわった市民や兵士、壊れたバトル=アルファやバトル=ベータといった軍用兵器が無数に転がっていた。いや、人や軍用兵器、魔物ばかりではない。炎を上げて横倒しになった車両や戦車もあちこちにあった。
「撃て、撃てぇっ!」
「た、助けてください!」
[攻撃セヨ!]
「空からの攻撃にも注意しろ!」
「あぐっ!」
[破壊セヨ!]
1000万人もの市民がいる政府首都グリードシティ。その全域に放たれた連合軍の大軍、無数の魔物たち。
……理解できない。なぜ、クェリアが連合政府の軍勢を動かせるんだ? 国際政府と連合政府は敵対している組織だ。それに、これほどの軍勢をどこに隠し持っていたんだ?
「援軍を急いで!」
「カルセドニー中将に連絡を!」
[破壊セヨ!]
「ギョクズイ中将の傘下部隊が次期にやってくるハズです!」
クリスター政府の軍勢に、市街地に降下するよう命じてからもうずいぶんと時間がたつ。すでに相当数の兵士が降り立ったのか、見かける数がだいぶ多くなった。……死んだクリスター政府クローン兵もたくさん見かける。
「う、うわっ!」
「大型の魔物だ!」
「左からは連合軍の軍勢が!」
国際政府軍、連合政府軍、クリスター政府軍、魔物。四者による激しい攻防で、グリードシティはすでにメチャクチャだ。建物が崩れ、何千、何万という人々が死んでいく。
1800年もの間、世界の首都であり続けたグリードシティが崩壊していく。首都と共に、国際政府は崩壊する。……クェリアの言う“国際政府崩壊に相応しい戦い”が、進んでいる。
そのとき、凄まじい轟音と共に、何かが崩れ落ちていく音が辺りに響き渡る。音がした方を振り返れば、炎上したクリスター政府軍の中型飛空艇が高架橋にぶつかり、瓦礫と化した高架橋と共に首都下層エリアへと落ちていく。
更に近くに、黒色の巨大な雷が落ち、直撃した建物がの一部が砕け散り、半壊する。……ラグナロク魔法を纏った雷だ。それもかなり大きい。一体、どこから……?
「防衛大臣閣下、今のは……?」
「分からない。辺りに注意しろ」
「は、はい」
そのクローン兵が返事をしたとき、また近くにさっきの雷が落ちる。今度は道路に落ち、数人の市民と軍用兵器が巻き込まれた。爆音が上がる。
[クラスタ閣下! 上空の雲から巨大なエネルギーを持った雷が!]
「なんだと!?」
私の通信機にカイヤナイト少将から連絡が入る。空を見上げれば、いつの間にか雲の色が最初の時よりもかなり黒くなっている。よく見れば、辺りもだいぶ薄暗い。まるで夜のようだ。
そのとき、またどこかに雷が落ちる。激しい雷鳴が轟き、地面が揺れる。空気が激しく振動する。
[ソフィア将軍の命令で、全艦キャンセル・シールドを張りましたので、飛空艇の艦隊は無事ですが、このままですと、降下した部隊が……!]
「…………!」
再び近くに雷が落ち、数十人の市民や兵士が消し飛ばされる。しかも、今度は2発同時だ。……落雷の間隔が短くなってきている。そう思っているときにも、また1発落ちた。
[……“グリードシティの戦い”勃発から6時間、早いものだな]
「クェリア!」
いつの間にか、近くのシールド・スクリーンにクェリアが映し出されている。
[そろそろ、この街を包むラグナロク魔法も溜まり切っただろう。国際政府を崩壊させようじゃないか]
「なんだと!?」
画面の向こうでクェリアがコンピューターを操作する。すると、さっきの雷が連続して何十、何百発と政府首都グリードシティに降り注がれる。
耳が痛くなるほどの轟音、爆音が立て続けに鳴り響き、地面が激しく揺れる。あまりの揺れで立っていられなくなる。巨大かつ強大な破壊力を持つ雷が、政府首都の街々を砕き壊していく。
[フフフ、今のは余興だ]
「…………!?」
クェリアが再びコンピューターを操作する。すると、次に降ってきたのは雷ではなく、球状になったラグナロク魔法だった。それも、相当大きい。あれはこの街を覆っていたラグナロク魔法の一部だろう。
球状のラグナロク魔法弾は、一直線に首都に撃ち込まれる。かなり遠くの方に落ちた。だが、撃ち込まれた途端、今までにないほどの爆音が轟き、空中に数本のビルの一部が舞い飛ぶ。一緒に飛んでいる小さな破片のような物は、恐らく巨大な瓦礫だろう。それが無数に飛び散り、広範囲に飛散する。
そのとき、ラグナロク魔法弾が落ちた方向から強烈な暴風が私たちを襲う。身体が吹き飛ばされそうになる。一緒にガラスの破片や小さな砕けた建物の一部が飛んでくる。私は急いで物理シールドを張る。
ラグナロク魔法弾にばかり意識がいっているが、この間にも、あの雷は降り注ぎ続けている。地面は揺れ続けている。
[ハハハハハ! まさに1800年続いた国際政府終焉の戦いに相応しい! クラスタ、まだ生きているか!? お前のおかげで最高の戦いになったぞ!]
「…………!」
壁に叩きつけられた私は、ゆっくりと立ち上がる。まだ雷は降り続け、軍用兵器や魔物も市街地で暴れ続けている。轟音、爆音、銃撃音、悲鳴、怒号。それらが混ざり合い、戦慄の音が都市中に響き渡っている。
「お、お前の思い通りにさせるか……!」
「ク、クラスタ閣下!」
飛空艇に戻るように叫ぶ部下たちの声を無視しして、私は走り出す。さっき、クェリアはコンピューターを操作して雷とラグナロク魔法弾を落とした。あの女を殺し、コンピューターを使えば、この惨劇は止められるかも知れない。
私は今までにない惨劇の中で、小さな希望を見出していた。今度こそ、この惨劇を止めて見せる。ティトシティの二の舞にはさせない――