第4話 出撃
【クリスター政府首都ポートシティ 軍事総本部】
雲一つない美しい青空。眩しい太陽に照らされたポートシティの軍事総本部――
水色のラインが入った白い装甲服に身を包んだ兵士たちが、アサルトライフルを片手に持ち、一糸乱れぬ規則正しい動きで、行進していく。
何千、何万という兵士たちが、水色のラインが入った白色の大型飛空艇や中型飛空艇へと搭乗していく。大型飛空艇15隻、中型飛空艇60隻。総兵力40万人。
「クェリア防衛大臣閣下、兵団の編成はほぼ完了しましたわ」
「ご苦労、ソフィア将軍」
私は後ろから声をかけてきたソフィアに答える。彼女はクリスター政府特殊軍一般部隊――この兵団の管理官だ。彼女も私の仲間の1人。指揮官として非常に有能だ。
「カルセドニー中将とギョクズイ中将はもう搭乗したのか?」
「ええ、先ほど搭乗したとの連絡がありましたわ。2人の補佐をするヒスイ准将、コハク准将、ヘキギョク准将、タンザナイト准将も同じく搭乗したと」
「そうか、いよいよだな」
カルセドニー中将、ヒスイ准将、ヘキギョク准将…… みんな優秀な仲間たちだ。今、搭乗している40万人の兵士たちもクリスター政府の精鋭。確実に国際政府を討てる。
「ソフィア将軍、我々の隊も搭乗完了しました」
ソフィアの後ろに、1人の女性軍人が歩み寄ってくる。赤茶色の髪の毛に同色の目。……ソフィアとよく似た姿をしている。
「サファイア准将、ありがとうね。すぐに行くわ」
「“クローン精鋭兵40万人”ですから、この戦いはすぐに早く終わると思います。お互い必ず生きて帰りましょう!」
「ええ、もちろん」
サファイア准将がソフィアと私に背を向けて去って行く。……そう、ソフィアもサファイアも普通の人間女性ではない。彼女たちも、あの40万人の兵士たちも、みんなクローンだ。フィルドという1人の女性をベースに作られたクローン兵。
かつて、クリスター政府特殊軍には700万人ものクローン兵がいた。だが、私たちは彼女たちに普通人間と同等の権利を与え、軍役から解放した。その結果、クリスター政府特殊軍に所属するクローン兵は60万人にまで減った。だが、私はクローンに人間と同等の権利を与えたことを後悔したことはない。
「長かったですわね」
「どうした、ソフィア」
「ラグナロク大戦が始まって4年。大戦を引き起こした国際政府と“連合政府”。その一方が遂に倒れる。いよいよ大戦も終焉ですわね」
「……そうだな」
連合政府は財閥連合という巨大民間企業の、事実上の、後継組織だ(本人たちは全く別の組織と言っているが)。あの日、ティトシティに攻め込んだのも、厳密には財閥連合ではなく、連合政府という新たに台頭した統治機構だった。
そんな連合政府は、フィルドをベースにクローン軍人を作り出した。彼らは彼女たちを奴隷扱いしていた。かつて、クリスター政府に所属していたクローン兵も、その多くが元々は連合政府に所属していた。
ラグナロク大戦を引き起こした二大統治機構の一方である連合政府は、未だに大きな力を持っている。だが、もう一方の国際政府には、もはや力はない。
「クラスタ閣下、そろそろ私たちも行きましょう」
「ああ、そうだな」
私はソフィアと共に軍事総本部のテラスから、建物内へと戻る。いよいよ、この時がきた。国際政府を倒し、……クリスター政府を守り、グリードシティの人々を解放する。いよいよ、だ――
◆◇◆
【国際政府首都グリードシティ セントラルタワー 最上階 皇帝オフィス】
私の前に3人の男性軍人が跪く。カーコリア、ランディ、ファルガ。3人共、国際政府軍の中将だ。
「クェリア皇帝陛下、クリスター政府は遂にその野心を露わにし、我々に侵略戦争をしかける気のようで御座います」
「クリスター政府は防衛戦争と言っていますが、これは紛れもない侵略戦争です」
「しかも、グリードシティ市民の解放などと謳ってるが、こりゃ他国に対する不当な干渉だ!」
気性の荒いファルガが声を荒げながら言う。
クリスター政府創始者の1人クラスタはあのティトシティの生き残り。狙いは大方、私の命と国際政府打倒だろう。防衛戦争や市民の解放は名目でしかない。
「……予想外だったな。まさか、クリスター政府が侵略戦争に出るとは、な」
連合政府に対しては先制攻撃するだろう。それは予想していた。いや、それ以前にもう殺りあっているか。だが、まさか、国際政府に対して先制攻撃をするのは、予想していなかった。
「クェリア皇帝陛下、我が軍とクリスター政府特殊軍では勝負になりません。如何なさいますか?」
「…………。迎撃の準備をしろ。このグリードシティで決着を付けてやる」
「陛下、本気ですか?」
「安心しろ。私なりの考えがある」
「……わ、分かりました。では直ちに準備に入ります」
カーコリアは私に一礼すると、他の2人と共に去って行く。
私は4年前、連合政府軍がティトシティを占領したとき、その都市への空爆を決め、実行した。国際政府を守るためなら、当然だと考えた。その街にいる市民が死ぬことは、何も問題ないと思った。国際政府を守るため、犠牲は仕方のないことだ。
……あの作戦は失敗に終わった。政治家の審議という名の邪魔で、ティトシティへの空爆が遅れた。それだけじゃなく、強力なミサイルが使えなかった故に、“ティトシティにいた者たちを皆殺しにできなかった”。
「やはり、強引にでもミサイルを使うべきだったな。そうすれば、国際政府は衰退しなかっただろうに……」
連合政府という生き残り、クラスタという生き残り。皆殺しにできなかったばかりに、国際政府は衰退してしまった。
「…………」
国際政府は滅ぶだろう。だが、簡単には終わらせない。クラスタと40万人ものクリスター政府クローン兵。そして、グリードシティ市民、国際政府軍人、カーコリア、ランディ、ファルガ。お前たちにも死んで貰うぞ。
国際政府が滅ぶのに、その軍人や市民が生き残っていいハズがない。国際政府を滅ぼすのに、それに応じた相応の代償が支払われなくていいハズがない。
「さぁ、始めようか」
私は笑みを浮かべる。国際政府崩壊という名の悲劇の幕開けだ――
<<技術と軍事>>
◆フィルド・クローン
◇フィルドという女性をベースに作り出された人工の生命体。
◇「サイエンネット」と呼ばれるウィルスによって遺伝子が組み替えられており、高い身体能力と生命力を持つ。
◇魔法や超能力を使うクローンも多く存在する。
◇最初に作り出したのは財閥連合だが、連合政府も相当数を使用している。その多くがクリスター政府に降伏し、退役した。
◇現在は「クリスター政府」、「ネオ・連合政府」、「国際政府」などに所属している。
<<社会と組織>>
◆ネオ・連合政府
◇「財閥連合」の軍事力を引き継いで台頭した「連合政府」の後継組織。
◇勢力率は3パーセント(クリスター政府は92パーセント/国際政府は1パーセント)。
◇前身組織の「連合政府」はティトシティを占領し、世界各地で侵略戦争を繰り返した。