第3話 解放と復讐
「…………!」
私は飛び上がるようにして上半身をベッドから起こす。息は荒く、イヤな汗が身体中に滲んでいた。うっすらと明るくなり始めていた外から、激しい雨の音が聞こえてくる。
ここは自分の部屋だ。また、“あの日”のことが夢として現れていたらしい。“4年前”に起きたティトシティの戦い。父と母、そしてリュートが殺されたあの戦い。
「…………」
私はベッドから降りると、扉を開けて寝室から出る。廊下を少し歩き、自分のオフィスの扉を開ける。薄暗く誰もいない小さなオフィス。私はそこへ入っていくと、机の上にある数枚の紙を手に取る。――“オペレーション:リベレーション”。
『2015年3月27日に行われた憲法改正により、国際政府=元老院議会は永久解散となった。その結果、立法・司法・行政の全権執行人である国際政府初代皇帝には、クェリアが就任した』
……私の故郷を破壊し、家族とリュートを、友達をみんな殺した女性軍人――クェリア。3ヶ月前、あの女が国際政府の絶対的支配者となった。
戦争が始まったあの日、国際政府は一応は民主主義国家だった。3ヶ月前、それが遂に終わりを迎え、国際政府は独裁国家となった。
『国際政府が我々に対し、侵略戦争をしかけるのは時間の問題。彼らがいかに弱小であろうと、侵略を受ければ、侵略を受けた領域にいる国民の生命・自由・財産は国際政府軍に蹂躙され、大きな悲劇をもたらす。
世界の92%がすでに我々の統治下にあり、国際政府の勢力は僅か1%。しかし、それでも、何千、何万人もの人々の人生を狂わせることは可能であろう。
また、国際政府が支配する地域(いまやグリードシティという一都市だけだが)にいる1000万人もの人々は、彼らの支配によって、悲劇のどん底にある。我々は彼らの不幸に対し、見て見ぬふりをしていてもよいのだろうか?
侵略の脅威を取り除き、1000万人もの人々を解放する。この2つの目的を果たし、世界の自由・平和・安定をより確かなものにするべきである。
――クリスター政府防衛大臣クラスタ=セルヴィタス』
私はその紙を机に戻す。クリスター政府防衛大臣クラスタ――私の名前だ。この機密文章は私が作成したものだ。
4年前、私の故郷を滅ぼしたあの頃の国際政府はもう見る影もない。かつて、強大な力を誇っていた国際政府。4年にも渡る激しい大戦の中で、その力は失われていった。
私は、仲間と共に、何度もこの身を危険に晒し、世界の自由と平和を蘇らせるために戦ってきた。その甲斐あって、遂にクリスター政府を確立させ、やがて私たちの作った統治機構は世界の9割以上を統治する国家となった。
国際政府は今や、首都グリードシティのみを支配する統治機構にまで衰退した。……その衰退しきった統治機構を支配するのが、私の故郷を滅ぼしたクェリアだ。
4年たった今でも、今日のようにティトシティの戦いを夢で見たり、ちょっとしたキッカケで思い出す。恐らく、もう一生忘れることはできないんだろう。
クェリア率いる国際政府軍によって故郷の都市は破壊された。家族も友達も、リュートも彼らによって殺された。その憎しみは今もしっかりと心に刻まれている。
『クリスター政府防衛大臣クラスタ』
私は自分の身分証明書を手に取る。薄いプラスチック製の身分証明書。そこには私の基礎情報と共に、自身の顔写真と、クリスター政府の紋章が写っている。
そう、私は世界の9割以上を統治する巨大統治機構の防衛大臣。4年前、無力だった私とは実力も立場も全く違う。
「…………」
私はもう一度、“オペレーション:リベレーション”と題された機密文章を手に取る。もうすぐ、私はクリスター政府軍を率いて国際政府首都グリードシティを攻撃する。この作戦で、衰退しきった国際政府の息の根は止まるだろう。
……これは私の個人的な復讐じゃない。あくまで、クリスター政府を守るための防衛戦争、更には支配されている人々を解放するための戦いだ。
私はその紙を机に置き、窓に向かって歩いていく。うっすらと明るくなりつつある空。厚い雲から激しく雨が降り注いでいる。
明後日、私はクリスター政府の特殊軍一般部隊を率いて、このクリスター政府首都ポートシティを発つ。北東に向かって進み、10日後には国際政府首都グリードシティに攻め込む予定だ。
「…………」
私は口端でニヤリと笑う。いよいよ、クェリアを討てる。この日をどれだけ待ち望んだか。確実に、しかも合法的に彼女を討てる日。それが遂にやってきた。
……もちろん、この戦いの目的は復讐じゃない。解放だ。仲間には反対されたが、それでも何とか作戦実行にまで持ち込めた。あと少しで、あの女を討てる――
「…………」
<<社会と組織>>
◆クリスター政府
◇世界の92パーセントを統治する民主主義国家。
◇議院内閣制を取っており、クラスタが防衛大臣を務めている。
◆国際政府
◇世界の1パーセントを支配する独裁国家。
◇クェリアが全権を握る「皇帝」の地位にある。