第2話 ティトシティ除去作戦
私は泣きながら、大学の階段を下りていく。父さんは死んだだろう。死ぬ直前に、父さんが張ってくれた二重のシールドのおかげで、私は死なないで済んだ。身体にも、大きな傷はない。
母さんもすでに死んだだろう。ティトシティの警備軍人だった母さんは、市民を避難させるために、財閥連合軍のデータを集めに、この大学に来ていた。父さんの研究室の横は軍事関係の資料室だ。……あの小型戦闘機は、父さんの研究室と資料室を潰した。
この大学も何度か砲撃を受けている。建物のあちこちから火が上がっている。学生や教職員の死体がときどき目に入る。中には知り合いもいた。
「国際政府っ……!」
これが国際政府のやり方なのか! 空爆をすれば、受ける者たちは“テロリスト”と一緒に殺される。これが国際政府の……! 司法の場で裁かれるのは、財閥連合だけでは済まさない。お前たち国際政府も一緒だ!
私は1階のロビーに出る。そこには数人の学生の死体と、1体の黒色をした人間型ロボット――バトル=アルファ。私の姿を捉えると、アサルトライフルの銃口を向ける。けたたましい銃撃音が鳴り響き、銃弾が私に向かって飛んでくる。
「う、うわ!」
私は素早く横に飛び、建物の柱の後ろに隠れる。バトル=アルファは銃撃しながら、こっちに歩いてくる。ヤバイ、このままだと殺される……!
だが、死を覚悟したとき、バトル=アルファの動きは急に止まる。私は柱の影から少しだけ顔を出し、様子を伺う。
「クラスタ!」
「…………! リュート!」
壊れたバトル=アルファの後ろに立っていたのは、黒髪をした体格のいい男性――リュートだった。その手にはハンドガンが握られている。私の……婚約者だ。
私は柱の影から飛び出し、彼を勢いよく抱きしめる。彼も私を抱き返してくる。力強くて、たくましい腕だった。
「父さんが……!」
私は泣きながら、父さんと母さんが死んだことを伝える。リュートは私の背を撫でながら、黙って最後まで話を聞いてくれた。
「そうか、ラクロウ教授とキーナさんが…… でも、今は脱出に専念しよう。もう街はメチャクチャだ。急がないと、俺たちもヤバイ」
リュートが私の肩に手を置きながら、後ろを振り返る。外は火が蔓延し、逃げ惑う市民と市民を撃ち殺すバトル=アルファたちで混乱していた。その頭上から、爆弾が降ってくる。
「俺が先導する。バックアップを頼むぞ、クラスタ!」
「りょ、了解っ!」
私はリュートから渡されたハンドガン手に返事する。辺りを警戒しながら、それでも早歩きで進んでいくリュートの後ろを着いて行く。
リュートは私と同じティト大学の軍事学研究科の院生。学部生の頃に知り合った。私は戦術・戦略学を専攻し、彼は戦闘学を専攻していた。私も彼も将来は政府軍人になるハズだった。
「研究室の先輩も何人か政府軍に行ったけど、今この空にいるかな? いたら、ちょっとは手加減してくれるとありがたいんだけどな」
「……そうも行かないようだな。お構いなしに爆弾を降らせている」
私たちは大学を出る。なるべく自動販売機や看板の陰を利用し、極力、バトル=アルファに見つからないように進んでいく。
「クラスタが指揮官で、俺はそんなあんたを守る副官ってのを夢見ていたんだけどな」
「じゃ、今から政府軍のところ行って、仕官してみるか?」
私はハンドガンで私たちを見つけたバトル=アルファの頭を撃ち抜きながら、リュートの冗談に答える。
「それもいいな。でも、そのためには空から降りてきてほしいかな」
「空爆作戦の途中に地上部隊を降ろすほど頭は悪くないだろう」
私は空に浮かぶ大型飛空艇を視界に入れながら言う。ああいった飛空艇が何隻も浮かんでいる。おそらく、この空爆部隊は大型艦5隻、中型艦20隻といった構成だろう。それだけあれば事足りる。
「歩きながらこの街を出るのはさすがにキツイな。なにかいい案はあるか、クラスタ将軍」
「……どこかで航空機があれば、それを奪い取るしかないな。そのときは私が出発の準備をする。ディフェンダーを頼むぞ、リュート三等兵」
「おいおい、階級が低いな」
私は笑みを返しながら、通るのに必要最小限の数だけ敵を撃ち倒す。
そんな簡単に航空機は見つからないが、希望が皆無なワケじゃない。この2日見ていたが、財閥連合は多くの小型戦闘機で市内に降り立っている。それを見つけられれば、脱出できるかも知れない。
*
やがて、ティトシティからの脱出を目指していた私とリュートは、1機の黒い機体色をした小型航空機を見つけた。財閥連合軍の小型航空機だ。3人乗りのタイプだ。
「やったな、これで脱出できそうだ」
リュートの言葉に私は頷きながら、その小型航空機に駆け寄り、操縦席に飛び乗る。操作パネルに触れ、出発の準備をする。
そのとき、銃撃音が上がる。またバトル=アルファが現れていた。リュートは素早い動きで銃弾を避け、近くの看板の後ろに身を潜める。そこから手に持っていたハンドガンでバトル=アルファたちを撃ち倒す。
「リュート!」
「今行く!」
バトル=アルファ3体を撃ち壊したリュートは、看板の後ろからこっちに向かって走ってくる。そのとき、ビルとビルの間から一機の飛空戦車が現れる。……国際政府の飛空戦車だ。
「…………!」
飛空戦車の下に装備されている砲身が僅かに横に動き、砲口がリュートに狙いを定める。
「お、おい! 俺は市民だぞ!」
「リュート!」
リュートが立ち止まってしまう。
「大体お前たちは何を考えているんだ! 市民を守り、助けるのが国際政府の使命じゃないのかよ! クラスタの両親だって、お前たちの空爆で死んだんだぞ!」
「リュート逃げろ!」
[……君たちは国家の維持と繁栄の為の犠牲だ]
飛空戦車から、信じられないような返事が返ってくる。国際政府という国家の維持でこの空爆を、ティトシティの人々を殺しているのか……!?
「ふざけるな! クェリアに伝えろ! 俺たちは絶対にお前を許さないッ!」
[そうか、分かってもらえなくて残念だ。――国家の為に死ね]
「なッ……!?」
リュートがそこから走り出す前に、飛空戦車から砲弾が放たれる。砲弾はリュートに直撃し、爆炎を上げる。砕けた地面の破片が近くにまで飛んでくる。――リュートが殺された。
[もう1人いるぞ。あの女も殺せ]
[イエッサー]
「…………!」
私ははっと我に返り、小型航空機を浮上させる。この航空機と飛空戦車が勝てない。私は飛空戦車に背を向け、爆弾が降ってくる市街地を飛んでいく。飛空戦車も追って来る。
だが、その途中で、降ってきた砲弾によって、その飛空戦車は木端微塵に破壊される。……上空には国際政府軍の大型飛空艇が浮かんでいた。
大型飛空艇から撃ち込まれる砲弾の雨。ティトシティを徹底的に破壊し、炎と瓦礫の山へと変えていく。――国家の維持に必要なんだろう。そのために、私の故郷は滅ぼされていく。
私は辛うじてティトシティから脱出した。
その側には誰もいない。
ティトシティの戦い。――否、ティトシティの虐殺。
数十万人の犠牲が出た。
国際政府の維持の為に――
だが、国際政府は戦争への道を止められなかった。
連合軍は世界各地で一斉に侵略を開始し、戦火は瞬く間に世界中に拡大した。
ティトシティの出来事は、国際政府の信頼を失墜させ、世界はかつてない混沌に堕ちていった――
<<登場人物>>
◆ラクロウ(男性)【死亡】
◇クラスタの父親。ティト軍事大学教授。
◆キーナ(女性)【死亡】
◇クラスタの母親。ティトシティ警備軍に所属する女性。階級は大佐。
◆リュート(男性)【死亡】
◇クラスタの恋人。ティトシティ軍事大学軍事研究科の院生。
◆クェリア(女性)
◇国際政府特殊軍将軍/国際政府元老院議員。臨時安全保障委員会委員長。
◇ティトシティへの空爆を臨時安全保障委員会で決定した。
◆コマンド(男性)
◇財閥連合社のリーダー。
<<社会と組織>>
◆国際政府
◇1800年もの間、世界を統治してきた統治機構。
◇強大な軍事力を有する。
◆国際政府・臨時安全保障委員会
◇ティトシティの占領を受けて元老院議会内に設置された臨時委員会。
◇委員長はクェリア。
◇ティトシティへの空爆――ティトシティ除去作戦(オペレーション:ティトシティ)を決定した。
◆財閥連合
◇巨大民間企業。違法な実験などを繰り返したため、元老院は「特定の重大な違法を繰り返す企業に対する業務停止に関する特別法」を可決・成立。操業停止となった。