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6、踏み出す先に続く道

 沙代は泉を連れて、路地裏先にある小さな店に来た。表向きは昔ながらの文房具などを売っている店だが、裏は作業場となっており趣味で様々な物を作っている。そこの店主に沙代は一冊の蔵書を開いて差し出した。

「これの作り方知っていますか?」

「なぜ、それを俺に聞く?」

 年老いていながらも、鋭い眼力の男が腕を組んで言い返す。

 沙代は圧倒されつつも、店主の背後に見える作業場と店の中を見渡した。

「二つ理由があります。一つは以前おじさんから頂いた鉱物がきっかけとなって、光を燦々と発する物質を作り出せたからです。そしてもう一つはこの作業場に漂うにおいから、おじさんはこれを作ったことがあるのではないかと判断しました」

「それだけの根拠で聞いてくるとは、いい度胸だな」

「――ああ、一つ言い忘れていました。この前店の外で拾ったんですよ、この中身となる物質を」

 店主の表情が一転し、険しくなる。地面を見渡し、作業場の中で視線が止まるとはっとした表情になり、慌ててそれを拾い上げた。

「やっぱりお作りになっているじゃないですか」

 沙代が勝ち誇ったような笑みを浮かべると、店主の顔が真っ赤になった。

「謀った……――!?」

 怒りをぶちまけようとした矢先、彼の言葉が止まった。

 沙代が深々と頭を下げていたからだ。

「お願いします。私にこの本に載っているものの作り方を教えてください」

 言い終わると、さらに傾ける角度が増した。その真摯な姿に店主は呆気に取られ、返す言葉を忘れていた。

 やがて頭をかきながら溜息を吐く。

「なぜそれを作りたい。理由は?」

「二週間後にある市の誕生記念式典での科学技術披露会で、それを皆様に見せたいからです」

「二週間後だと? しかも披露会で? そこで披露する程度のものじゃない。よくよく見ればたしかに多少科学はかじっているが、かつてあった技術だ」

「その通りです。ですが誰も既存の技術を披露してはいけないとは言っていません。その技術も立派な科学です」

「……じゃあ、なぜそんなに迫った期日の中で作ろうと思ったんだ? これを読めば日数がかかることくらい、わかるだろう!」

 店主からの怒濤の言葉の羅列を聞いて、泉は心配そうな表情で沙代を盗み見た。だが彼女は圧倒された様子はまったく見えず、果敢に言い返す。

「書物を読んでいまして、是非ともこれから得られる鮮やかな光景を市長や市民たちに見せたいと思ったからです」

「それならお嬢さんが昔披露した実験を大規模化すればいいだろう。そっちのほうがやりやす――」

「ただ光を発するだけでは駄目なんです! 私が公表した研究はたしかに世間を賑わせた、それなりに凄いものかもしれません。ですが、そこに詰まっているのは私のただの興味と偶然出会った面白い発見だけです。――私はたくさんの人の思いが詰まったものを、会場に来た人に見て感じて欲しいんです!」

 沙代が畳みかけるように言い倒すと、店主はもはや何も返せなくなっていた。少女の小さな体のどこからそのような声が出せるのかと、不思議に思ってしまう。

 枯れは頭を抱えながら、しばらくその場をぐるぐる回り始めた。あれだけ否定的だった男が、これだけ思考を巡らすことになるとは。泉はただ唖然として沙代たちを眺めていた。

 藤野が傷ついたのが自分のせいだと思っているのだろうか。

 それともまた別の何かが沙代を突き動かしているのか――。

「……わかった、お嬢さん」

 店主の声を聞いて、沙代がほっとした表情になる。だが彼の眉間にしわは寄ったままだった。

「ただし条件がある。人を集めろ。とにかくたくさんの人だ。式典で披露するのなら、それなりの個数が必要だ。それを作るにはお前と俺だけでは到底無理だ」

「人……ですか」

 沙代は手を口元に当てて考える仕草をする。口を一度堅く閉じたが、やがて意を決して頷き返した。

「わかりました。できる限り人を集めてまた来ます。そしたら教えてくれますね?」

「いいだろう。ただし寝る時間はないと思え」

「望むところです」

 店主に対して深々とお辞儀をすると、沙代は背筋を伸ばして歩き出した。しっかりとした足取りで通りを進んでいく背中を泉はじっと見つめた。

「急にどうしたの?」

「急ではないです。私だってやるときはやります。発表する時って、度胸がないとできないんですよ」

 沙代は振り返って微笑みを浮かべた。

「やることが明確になって、視界が開けただけですよ。今はただ……披露会でよりよいものを見せたい、それだけです」

 その笑顔を見て、泉はくすっと笑う。そしてがらりと変わり、前へと進み出した沙代を優しい目で眺め、彼女に聞こえないくらい小さな声で呟いた。

「この子はきっと立派な研究者になる。自分のためではなく、他人のために力を出せる子に」



 静山谷研究所に戻ってくると、沙代は寄り道などせずすぐに富重博士の元に向かった。その途中、顔見知りの研究者とすれ違う際、微笑みながら挨拶をかわしていく。人々はその挨拶を驚きながらも受け返していた。

 それはそうだろう。なぜなら沙代は今まで挨拶などあまりせず、隠れるように研究所で日々過ごしてきたからだ。

 研究室の中を通り抜けて、富重博士の部屋に軽くノックしてから入る。

「富重博士、少しいいですか?」

「古田、大丈夫だったか!?」

「私は無事です。護衛の方が体を張って護ってくださったので。――一つお願いがあります」

「何だ?」

「研究室の皆を集めていただけませんか? お話ししたいことがあります。今度行われる式典での技術披露会についてです」

 はっきりとした声で頼む沙代に、富重博士は僅かに驚きを表情に出していたが、すぐに真顔に戻って頷いた。

「わかった。今、集めるから待っていろ」

 富重博士が先に部屋を出て、広い研究室内に足を踏み入れると、手を軽く叩いた。その中で実験をしている者、論文を広げている者、そして話をするために外に出ようとする者たちが一斉に振り返る。

「ちょっと集まってほしい」

 そのかけ声とともに室内にいた人々が富重博士のもとに集まってくる。沙代と同年代の人から、少し上の男女、そして中年の方から定年間際の人まで、多種多様な人たちが集まった。

 沙代はその人たちの前に出て、皆の顔を見渡した。不思議そうな表情で見返している人が大半だが、好意的でない表情をしている者もいる。その表情を見ると怯みそうになったが、脳裏に藤野の顔がよぎるなり、強い背中を押された気がした。軽く息を吐き出してから口を開く。

「突然すみません、皆さん。……もしよろしければ、私に皆さんの力を貸してくれませんか?」

 一音一音丁寧に言葉を発する。怪訝そうな表情で睨んでいる人にもきちんと視線を合わせた。軽く息を吐き出してから離し続けた。

「今度の市の誕生式典での技術披露会で、大規模なことを行いたいと思っています。ですが、それを実行するためにはどうしても人手が足りないのです。だから皆さんの力をお借りしたいのです!」

「若手研究者の技術披露の場だろう。つまり古田の能力が試される場だ。俺たちが手助けするのはどうかと思うが?」

「……他の研究所では共同研究の内容を披露する人もたくさんいます。発表はその人のみでも、他の人の手が多く加わった研究です」

 深川原研究所の丹波(たんば)はわからないが、他の研究所の発表者の題目はおおよそ把握している。

 沙代が行おうとしたのと同様に、他の発表者も彼らがかつて最も成功した研究を披露するはずだ。そしてその研究をさらに磨き上げるために、研究室総出で取り組んでいるだろう。若いから新たなことができるという発想もあるが、若いゆえに手持ちの研究が少ないという問題がある。それらを踏まえて、その結論を弾きだしたのだ。

 大規模なものほど、個人で研究をするには限界がある。そのためそこから枝分かれして、個々で研究をするようになるのが一般的だ。それを実感している研究者たちは口を閉じて、その場で考え始めた。

 だが何人かは容赦なく質問してきた。


 何を手伝うのか。

 期間はどれくらいかかる予定なのか。

 そもそもどんな実験をするつもりなのか。

 その実験を選んだ理由とは。

 そして式典での披露会で、最も高い評価は得られる保証はあるのか――。


 沙代は言葉を選びながら最後の質問を返す。

「……市長たちが何を目的として評価しているのかわかりません。今までに類のない研究成果に対して評価をするのならば、私が提案した内容では到底かなわないでしょう。ですが、そのような評価をするのであれば、もっときちんとした場で行うと思うのです」

 一拍間を置いて、言葉を続けた。

「あくまで今回のことは市が誕生したことを華々しく祝うための手段だと思うのです。少しでも記憶に残ってくれるように――。駆け出しの研究者に声をかけたのは、他の若者たちの興味を惹きつけたり、今回の発表と言う場を機にさらに成長して欲しいという願いも入っているような気がします。それらから私が思うに、今回で重要なのは――記録よりも記憶です」

 再度強調して言うことで、これがただの学会とは違うことをわからせたかった。研究の成果を披露するのとはまた別の話なのだ。

 それらの話から多くの人の記憶に鮮明に残らせるには、沙代が提案した科学現象を披露するのが、提案者としては最も効果的だと思ったのだ。

 沙代が口を閉じると、皆、黙り込み、想い想いに思考を巡らせ始める。

 誰が始めに口を開くかによって、状況は大きく変わってくるだろう。人は自分の意見よりも周りの意見を重視しがちの生き物だから。

 鼓動が速くなりながら回答を待っていると、一人の青年が前に出た。彼を見て沙代は息を詰まらせる。若手の中で沙代の存在をよく思っていないと考えられる人物だったからだ。

「古田」

「質問……ですか?」

「違う」

 ならば答えか。

 沙代はごくりと唾を飲み込んで、相手を見据えた。青年は視線が合うとフッと笑った。

「研究に息詰まっている最中だから、手伝ってやる」

「……え……」

「驚くことか? 困った時こそ力を合わすものなんだよ。お前は人に頼らな過ぎた。――富重博士、古田の手伝いしたら、今度の所内の研究発表、見逃してもらってもいいっすか? 今度の披露会に威信を懸けているんでしょ。それに集中して手伝っていたら、発表準備なんかできるわけないじゃないですか」

 青年の問いに富重博士は躊躇いつつも、やれやれといった風に首を縦に振った。他の研究発表予定者からも黄色い歓声が上がる。

「わかった。上には話を付けておくから、全力で古田の手伝いをしてやれ。他の者はどうなんだ? 多少研究が計画よりも遅くなってもよいから、手伝う人は――」

 富重博士の言葉につられて、その場にいた人のほとんどが手を挙げていた。数名手を挙げなかった者がいたが、その人たちは来週学会発表等を控えている人たちである。手伝える状態ではない。

 研究室のほとんどが手を挙げたことに、富重博士は目を見開いていた。やがて沙代と向き合い、力強い言葉を発した。

「……こうなったらどんな結果になっても構わん。古田、全力で取り組んで、お前と静山谷研究所の名を売ってこい!」

「はい!」

 はっきりした声を発すると、いつになく力が入ってくるように感じられた。それに呼応するかのように研究室の人々たちは軽く頷いた。

 沙代はちらりと壁に貼ってあるカレンダーを垣間見た。

 残り二週間を切った。

 これから行うことは、今までやったことのない作業になる。間に合うかどうかは瀬戸際だが、今は全力で取り組もうと心の中で誓った。

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