ハッピーバースデー
17の時に書いた小説です。感想頂けると嬉しいです。
毎日人をそこからここへと移動させるだけ。何人乗せたって日給は変わらない。 中岡がタクシー運転手を始めてはや28年…。あまり達成感のない仕事かもしれない。 今日も中岡は市駅前にところせましと並んだタクシーのうちの一台に乗っていた。 もう今週のジャンプも週刊誌も読みあきた。 「ガガガ…あっこちら本部市駅裏…ガガガ13番…どうぞ」 始まったばかりの巨人ー阪神戦を消すと 「こちら13番了解」と答えサイドブレーキを降ろした。 ターミナルの裏側の階段先。20代のOL風の女性が手をあげる。 「どちらまで?」 ルームミラー越しに女性の顔を見ながら聞く。 「上野までお願いします。」 彼女のどこかウキウキした様子に車内の空気は暖かくなった。 彼女のひざにある小さなオレンジの小箱。 「これ街のケーキ屋超うまいよ」
先週の土曜娘が母に手渡していたのを思い出す。 「そこのケーキおいしいらしいね」 「知ってるんですか?高いですけどねo(^-^)o今日ママの誕生日だから。今日で48才なんですよ。」 それからつくまでの15分彼女は目を輝かせて母について語ってくれた。 アップルパイが上手な事、何度言ってもメガネをすぐ無くす事…いろいろ聞いた。 どれだけママが大好きか伝わった。きっと優しいお母さんなんだろうなぁ… みかん畑の奥にある小さな家に手を振りながらかけていく彼女を見ながらそう思った。 「ガガガ…こちら本部…市駅ターミナル13番どうぞ…ガガガ」 「…こちら13番…ガガ…今向かいます」 先程と同じ場所に作業着姿の青年が立っていた。 「毎日仕事大変だろ?」 「そうっすね、土木なんで。毎日ぐっすりっすね」 「
さっきもキミと同じるケーキ屋さんの箱持ってるお客さん乗せたよ」 信号で止まった車の中で彼のひざにあるオレンジの箱を見ながら中岡は言った。 「マジすか?なんかうちのおかんが食べたいて言うてたんで誕生日やし買おて帰ろかな思って」 照れくさそうに言いながら車はどんどんみかん畑を突き進む。 彼は恥ずかしそうに軽く手をあげるとみかん畑の奥にある灯りのともった家と歩いて行った。 もう9時を回っている。 野球も5―2で巨人が勝ったようだ。 スポーツニュースを聞きながらさっきの姉弟の事を考えるとなんかおかしかった。 「あ〜しんど…」 「ガガガ…こちら本部…ガガ…市駅ターミナル…13番どうぞ」 あくびするヒマすらない 「ガガガ…こちら13番了解」 またターミナルの裏か… 階段横にはスーツ姿の
中年女性の姿。 疲れた様子で窓の外を眺めていた。 「いつも仕事こんなに遅いんですか?」 声をかけてみる。 「はい、失敗はするしヘトヘトです」 笑いながら女性は答えた。 中岡は乗せる前から彼女が左手にオレンジの小箱を持っているのに気づいていた。 「今日はその箱持った人よく乗せましたよ」 「あっこれ?これ街のケーキ屋さんなの。今日は私の誕生日だから。誰も祝ってくれないし自分で祝ってあげよっかななんて思って。私寂しいでしょ(笑)」 なんか嬉しくて微笑もうとする顔を抑えながら中岡は車を走らせた。 「そこを真っ直ぐです」 「はい」 もう覚えた道をゆっくり走る。 賑やかなカラオケを曲がると車はみかん畑に突入する。 「次の曲がり角を左なんでここでいいです
」 「あと三時間の誕生日まんきつして下さいね。」 「あはは」 恥ずかしいそうに、そしてちょっと悲しげな笑顔を浮かべ降りて行った彼女に 「ハッピーバースデー」 中岡は叫んだ。 ぺこりと頭を下げると小道を通って家と歩いて行った。 心がほっこり温まった。帰りの渋滞もなぜか腹がたたなかった。すごくすごく幸せな気分だ。これだから嫌だといいつつもこの仕事は辞められない。 その後の事は誰にもわからない。 ただ中岡にわかるのはあの母が本当に愛されている事、 あの小さな家の中で彼女がたくさんの心からのハッピーバースデーを聞いたであろう事だった。