ガラクタ少女の独白
左集音器に違和感。自己分析の結果、どうやら集音部の内壁に破損でもあるらしい。前にも似た様な事があったが、どうやら今回は以前より奥の方が破損してしまったようだ。
行動に支障があるなら修理の必要があるだろうが、まあ多少片耳が鈍くなった位なら問題ないだろう。私の役目は聴覚に全神経回路を注ぎこまないとならないようなものではない。このポンコツに相応しい、簡単で単純な作業だ。
そもそも、多少違和感がある位で工房に駆け込んでいては維持費用の無駄とされてスクラップ行きになりかねない。
私もこのガラクタボディとは20年近い付き合いだ。小さな不具合との付き合い方なら昔から心得ている。なにしろ、一か所直したと思ったら別の個所がエラーを吐き出すのだ。完璧に何処にも不具合の無い状態など目指してもきりがないだけだ。
臭気感知機構は頻繁に液漏れをおこすし、前方映像取得装置は遠距離では上手くピントが合わなくなってきたので外部補助装置で補っている。内部換気管の脆弱性は10年前から指摘されているし、それに伴った動作不良で倒れかかって修理工にかつぎ込まれたのも一度や二度じゃ済まない。よくもまあ、こんなポンコツが働いているものだと自分で思うくらいだ。
安心・安全、高機能がウリのエリート様にはわからないだろうが、ガラクタは必要な機能さえ残っていれば役目を果たせるものである。幸か不幸か、私は循環系や感覚系に不具合が出る事はあっても、電脳それ自体や運動機能にエラーが出た事はない。…過去に一度、左手首にヒビが入った事と脚部関節のクッション機構に不具合が出た事はあるが、どちらも充分すぐ修理できる範囲だったので問題にはならなかった。私が仕事の為に必要なのは自由に動く体と命令に従う頭だけだ。
こんなポンコツにも仕事が回ってくる事を憂うべきか、喜ぶべきかはわからないが、まあ、今の所私という存在が廃棄されないで済むという事は感謝してもいいのかもしれない。仕事がなければ当然給料もない訳で、そうなれば燃料を買う事も致命的な不具合を直す事も出来なくなってスクラップだ。私の様なガラクタを援助してくれる様な物好きなどいないだろうし、こんなポンコツが20年ももっているというだけである意味奇跡みたいなものだろう。
まあ、博物館に飾られる年代物のスクラップと一緒にされては困るが。所詮私は大量生産の内の不良品だ。歴史的に価値のあるとかいう一点物とは訳が違う。不良品にも拘らず今まで現存し動いているという意味では珍しいのかもしれないが、それは私が起動してからこのスラムのジャンクヤードに落ち着くまで起こった不具合を隠す様な性格をしていたからである。性格面での要素選択ではランダムに決定が成されるらしいが、運が良かったのか悪かったのか。隠さなければ不良品として出荷前にスクラップだっただろうし、その時に隠していたからこそ初期不良たる臭気感知機構の液漏れは根治しないらしい。
いっそスクラップとして廃棄された方がいいんじゃないかと時々思うのだが、実行に移した事はない。ポンコツにもできるような仕事とはいえ、我が仕事場は慢性的な労働力不足であり、二日か三日に一度くらいは修羅場状態になる。ガラクタでも労働力に変わりがないのだから、致命的なエラーが出るまでは自殺の様な事をするべきではないのではないかと私は思うのだ。何より、私が抜ければその分同僚が忙殺される事になるのが忍びない。