Re:第1話
久しぶりに愛香が帰ってきた。まともにあの子の顔が見れなかった。部屋に入ったはいいけれど、そわそわして落ち着かない。あの子になんて説明すればいいんだろうか。もう、今日は考えるのをやめよう。明日また考えればいいんだから。
ベッドの枕元においてある写真を眺めてみる。そこには私と愛香がいる。まだ愛香は小学校の低学年で、ほんの小さな子どもだった。赤いランドセルを背負い、花柄のワンピースにフリフリの靴下を履いている愛香は、ちっともヒロアキになんて似ていなかった。いつ、なんのために、誰がこの写真を撮ってくれたのかは覚えていない。二人とも笑ってなんかいないけれど、とっても綺麗に見えるから、私はこの写真が好きだった。
写真なんて、大嫌いだけど。写真なんて、信じられないけれど。それでも、私はここにいる愛香が好きで、自分が好きだった。
この頃、愛香は何でも私に質問してきた。家に電話やテレビがないことを問い詰められたし、ヒロアキについてもしつこく質問を繰り返してきた。
私は機械が苦手だ。使い方がわからないというだけでなく、なんだか機械に慣れることができなかった。電話で人の声を聞くと、本当にその人に会いたくなってしまうし、テレビを見ていると偽者の人間が映っているようにしか見えなかった。
私は機械が苦手だったけど、ヒロアキは機械が好きだった。ヒロアキは私の持っていないものを持っていて、私はヒロアキの持っていないものを持っていた。
私は、愛香にヒロアキの話をするのが嫌いだ。少し、ヒロアキの話をすると愛香はどんどん想像を膨らまし、どんどん深く追求してきた。深く追求されれば、されるほど、私はヒロアキのことがわからなくなる。自分がヒロアキのすべてを知らないことに悲しくなる。
私は、たくさんの男の人と付き合ってきた。いろいろな人と付き合うたびに、自分はヒロアキしか愛せないのだと気づかされていった。それでも、私は誰かと一緒にいたかったし、愛されていたかった。愛香は私と違って、人に愛想を振舞うことが得意なようだった。私がどんな人を連れて行っても、すぐに打ち溶け、私からその人を奪って言った。
私は自分で、自分がわからなかった。けれど、愛香が私以外の人間と親しげに打ち溶けている姿を見ると、無償に腹が立ち、悲しみが押し寄せてきた。愛香は私とヒロアキだけのもので、それ以外の人には触れてほしくなどなかった。でも、愛香は成長するにつれて、どんどん私から離れていった。私などいなくても生きていけるというような顔をするようになった。
私には、愛香しかいなかった。
愛香は短大に行きたいと言った。私はそれを許した。私は怖かった。ヒロアキの時のように、溺れていき、見放されるのが。
愛香が私のもとを旅だとうとしているのはわかった。だから、私は愛香に一人暮らしをすることを勧めた。溺れる前に、抜け出そうとしたのだ。愛香はその要求をすんなりと受け入れた。
私の体と心はかけ離れている。心では愛香と少しも離れたいなんて思わないのに、体は愛香を私から引き離そうとする。
私は、愛香に「離れたくない。」と言って欲しかったのかもしれない。