始まりには蛮勇がいる
デート。デートである。私は間宮と片岡の話の通り、千葉さんをデートに誘うのだ。
しかし、間宮と片岡が帰宅してより一時間ほど経過したのが現在。
私は電話を弄んでいた。
自宅の居間。床には先ほど独身貴族どもが置いていった、デートコースを書いた紙。その横には電話。
私はあと、千葉さんに電話をかけるだけである。電話を持つ。電話を鳴らす。しゃべる。この三つのアクションを起こすだけで、目的は果たされる。単純な問題であり、どこをどう考えても、それ以外の行動はありえない。
しかし。しかしである。デートに誘う。そのことは、非常にハードルが高い。読者諸兄、「貴様は何を言っているんだ。今までも散々、千葉さんとは話をしているではないか」と思われるだろう。それは正しくて、私は何度も千葉さんと話をしている。
だからといって、それが即ち「デートOK」のサインでもないわけである。一つのイベントの参加者、とは違うのだ。そう。違うのだ。私の誕生日会に来てくれた。それは素直にうれしいのであるが、もしかすれば、大宮と高島に誘われたから来てくれている可能性だってある。
しぃなの時だってそうだ。しぃなという中継点があるから、我が家を訪れてくれたのかもしれない。
そんなことを考えていたら、三十分ほど経過した。床には今だ電話と紙が置かれていた。紙に書かれた「プロジェクト:必殺デート」という言葉が、私の心に突き刺さる。必殺の部分が極太マジックで書かれているのが、余計心をもやもやさせる。
ともかくどうしたものか。
様々に思考を巡らせた結果、踊りを舞うことにした。
読者諸兄、呆れるのは少し早い。まずは私の言葉を聞いて欲しい。そう。そうだ。その振り上げた拳を下ろし、座り、このお茶を飲んで欲しい。うまい紅茶があるのだ。なんならタバコもあるぞ。
なぜ私は舞ったのが。
桜は散るのではなく、舞うものだというが、今回の件とは関係ない。少し知的アピールをしたかっただけ、は八割正解である。残りの二割は、邪神の誘いである。
話を戻す。舞った理由は簡単なことである。テンションを上げたかったのだ。今のテンションでは、千葉さんに電話をかけ、デートに誘うことは出来ない、ということだ。
我ながら小心者の極みである。しかし、ここまで本作「物の怪日和」を読んでいただいている読者諸兄には、私がいかに脆弱な精神の持ち主で、矮小で、意気地の無い、ヘタレた男なのかはご存知のことだろう。ここまで自分で言って、余計テンションが下がってしまったことは、言うまでもない。
居間にポータブル音楽プレイヤーを持ち込み、ミュージックスタート。
チャララチャララチャララ……
古いポップが流れる。私が高校生の時に聞いていた曲なので、それはまた古い代物なのだ。しかしこういう場合、聞きなれた曲のほうがいい、というのも自明である。
私は踊った。舞った。音楽に合わせ、腕を振り、腰を振り、足をあげた。
音楽は続く。私は更に激しく舞った。
三分ほどで私の体力は底をうった。運動不足が祟っている。もう動きたくない。
その場に寝転ぶ。心臓が大きく脈を打ち、鼓動が耳にはっきり聞こえる。汗は顔中を流れ、足が痛い。
音楽は流れ続けていたが、遥か遠くから流れているような気がした。
私は音楽を止めた。もう大丈夫だ。私のテンションは上がった。舞う。こんなことでテンションが上がるのだから、我ながら安く出来ている。
なおここまでやってみて、酒を飲んだほうが話が早い、と思ったのは内緒である。
荒い息を深呼吸でおさめ、私は電話を取る。電話帳から千葉さんの番号を検索する。
千葉さん(鼬)。
目的の番号は、数秒もかからず検索された。
通話ボタンを押す。
プルルルル……と呼び出し音がなる。
「はい。もしもし。千葉です」
千葉さんが電話にでた。
いきなりデートに誘うのは無粋だ。世間話から始める。
数分雑談をする。最近あったこと、面白かった本、などなど、そんなキャッチボールしやすい雑談だ。
場も暖まったところで、本題を切り出す。
「あの……千葉さん……」
「はい?なんでしょう?」
「今度の土曜日なんですが、お暇ですか?よかったら、あの……その……うん……デートしてくれましぇんか?」
言った。言ってしまった。もう後戻りは出来ない。心臓がポンプになったように、機械的で大きな音を発する。
そして、舌はまったく回っていなかった。
「デートですか?」
「デートでぷ」
今度は噛んだ。
「ふふ……今度の土曜は用事があるんです。でも翌週ならいいですよ」
「翌週でお願いしまぷ」
私はどこの舌足らずな萌えキャラなのだろうか。
私達は、電話を切った。額から汗が止め処なく流れる。心臓は言うまでもなく、おそらく血圧にいたっては、測定すれば即入院の有様だろう。
しかし、結果は出た。デート。デートである。来週の土曜はデートなのだ。
電話が終わった私は、さっきそうしたように、寝転んだ。そして大きく息を吸い、細く長く吐き、大きくガッツポーズした。
私は今日、脆弱で矮小な、自分の精神をなんとか乗り越えた。やればできる子。自分で自分を褒めてやりたい。それが勇気なのか意思なのか。それとも蛮勇なのか。それはどれでもいい。大事なことは、結果を残せたことなのだ。
それにしても、私はいつもかっこつかない。なんだよ「翌週でお願いしまぷ」って。