誕生日会を待ちわびるのは
「来週の土曜、お前の誕生日だよね?」
「いや、今週の水曜だ。既に終わっている」
両親から遅れたバースデーメールを受け取った翌日のことである。久方ぶりに塚田から電話がかかってきた。内容は上記の通りである。
それにしても、誕生日を憶え間違いされているとは思わなかった。もちろんありえない話ではない。しかし先日の間宮の時は、あれだけ独身貴族全員が丹精込めて、様々な趣向を凝らし誕生日を祝ったという事実は揺ぎ無い。そして私の場合にはこの体たらくである。神も仏もあったものではない。
さて、どうやら塚田の話をまとめると、独身貴族共が私の誕生日会を行ってくれるようである。まさしく恐悦至極であり、誕生日を完全に忘れ去られるという刑罰からは免れた。まだまだ希望は、私の手の中にあった。
日時は来週の土曜日。それは私の誕生日と勘違いされていた日である。そしてその夜。独身貴族が私の部屋に大挙して押し寄せる按配らしい。このままではまたもや、男汁大噴出、部屋にかけてある男指数計の針が振り切れるのが目に見えている。それはそれでもはや、絡め取られた運命のように覚悟を決める局面ではある。
しかし。私は塚田に提案をすることにした。大宮、高島、千葉さんの女性陣を誘ってはどうか、というものだ。あの女性陣三人であるなら、塚田も知らない間柄ではない。何より渾身の力を込めて踏まれ、新境地を開拓した元凶である。そして、その間を取り持った私の誕生日会であれば、女子陣も誘いやすいのではないか、というのが提案の骨子である。なんといっても私の誕生日会である。男汁に塗れた、むくつけき男地獄な誕生日会ではならぬ。花を。果実を。その地獄に手向けるのである。
そして、我らのような独身貴族にとって、女性を誘うには理由と言うものが必要なのだ。これは塚田にとってもメリットがある話しである。
電話越しに、塚田が膝を打ったであろう音が聞こえる。「ナイスアイデア。さすが元麒麟児だけのことはある」と賞賛の言葉を贈られた。褒められれば私もまんざらではないし、千葉さんと会う理由もできる。私の誕生日会というシチュエーションだって悪くない。
女性陣には塚田が連絡をとることになった。まぁ至極当然ではある。私の誕生日会に私が誰かを誘う、というのは因果の前後がうまく噛み合わない。
「まかしとけ」と、少し大きめの声が私に届けられる。胸を張っているようでもあり、自信に溢れた眼差しなのが、目には見えないが見て取れた。
しかし。ここで私は少し考える。はたして誕生日プレゼントはどうなるのであろうか。
間宮の誕生日会では、とかく怨念でも篭っていそうなプレゼント群であったが、私の場合もまさか同じような有様にならないだろうか。
またもや木彫りの熊をもらっても、玄関で来客に睨みを効かせる以上の使い道が無い。五体ほど揃えばそれぞれ、赤、青、黄、緑、ピンクに塗り、新しい戦隊モノフィギュアとして陳列させることも出来るかもしれない。赤はリーダーで、青は冷静沈着。黄はカレーが好きで、ピンクは女子。そして緑は影が薄い、とそれぞれキャラ付けをすることもできる。そして、それは全く意味も無いので、この思考はここまでとする。
ここで私は知恵を巡らせることにした。私の頭が高速で回転し、天地開闢にも匹敵するエネルギーを放出する。私の脳内ではビッグバンが起こり、そのあといろいろあって、クラスメイトに囃し立てられながらも、異性の幼馴染と微妙な距離を保ちつつ小学校から一緒に帰る、というストーリーまでは出来上がった。いや、そんなことはどうでもいい。いかに有意義なプレゼントを送ってもらうか、が重要である。
さらに高速回転させた私の頭に、妙案が浮かぶ。そうだこれならばよいのではないか。
「プレゼントにはその人のセンスが現れるという。私にセンスのいいプレゼントをしたら、女子陣にもいい印象を与えることが出来ると思うぞ」
言った。言ってやった。渾身の力を込めた言葉である。つじつまも合うし、なによりも説得力がある。
「いいこというな。なかなかやるじゃないか」
塚田はそう言って、小さく口笛を吹く。してやったりは私であり、さすがに脳内でビッグバンが起こっただけの事はある。私は宇宙の真理にまた一歩近づいた。
その後少しあって、塚田との電話は終わった。
電話が終わってから思ったが、女子陣がその日に暇であり、そしてちゃんと来てくれるか、という問題がある。祝われるほうとしては、あまり多くを望んではいけない。そして女子陣が来なければ、プレゼントも丹精と怨念の篭ったものに変わるであろう。
私は神に祈ることにした。普段から祈っているわけでもないので都合のいい話なのは分っている。それでも人は祈るのだ。自分の力ではどうしようもない事柄に、人は祈るしかない。
神様。私の願いを叶えてください。大宮と高島はいいので、千葉さんだけでも私の誕生日に参加をさせてやってください。あと抜け毛が少なくなって、ボーナスももう少しだけ増えてくれれば何も臨みません。もしくは宝くじで一等があたりますように。お代は出世払いでお願いします。
祈りが終わってコーヒーを楽しんでいるとき、私の電話が着信音を発する。画面を見れば「塚田」である。女子陣の参加の可否が決まったのだろうか。私はもう一度神に祈りながら電話に出る。
結論から言えば、女子陣も全員参加となった。私は安堵のため息をつき、大きく伸びをした。神様はどうやら願いを叶えてくれたらしい。これはお代を払わねばならない。出世払いの場合、どこまで出世したら払えばいいのであろうか。現在の会社での役職は、緑化責任者代理補佐である。とりあえず、補佐が取れた時点で出世と考えることにする。
それにしても、なにやら楽しみが増えた。来週の土曜日、私の家で誕生日会なのだ。男女合わせて九人の大所帯である。そして千葉さんも来る。これが楽しみでなくて、何が楽しみなのだろうか。決戦までまだ少し時間がある。これからは毎日掃除をしよう。それは、祝われるものの嗜みである。