まじりっけのない善意
果たして世に語られる神仏悪魔、妖怪物の怪とは如何なる数が存在するのであろうか。
例えば日本古来の神々は、八百万の神々と言われる。八百万。これはものすごい数である。政令指定都市の全人口が神様である、というそれほどの数だ。
そして海を西に渡った異国では、悪魔の出番である。その数には兆という単位が飛び出す。兆までいけば、ニュースにおける国家予算や天文学、はたまた駄菓子屋のおばちゃんからお釣りを貰う時以外、聞くことの無い単位である。今現在の地球にいる全人口よりも多い、という信じられない数である。
とにもかくにもそれだけの数が取り揃えられているのだ。
他にも太古より語られた民話に。幾人もの人に信じられる神話に。大量に生産され、そして消費されるマンガに。誰にも読まれなかった小説に。友人の友人から語られる都市伝説に。合宿の深夜語られる噂話に。そこには多くの人ならざる者達が登場する。
その中に出てくる妖怪物の怪の数と、砂漠の砂粒とでは、果たしてどちらが多いのか。
仮の話である。その数多の人ならざる者たちで、「絶対に出会いたくないランキング」をつけたとしよう。皆様、栄えある一等賞はどの神仏悪魔、妖怪物の怪であると思われるか。
様々なお考えがあるだろうが、私の意見を述べさせていただく。
それは貧乏神である。
直接的に命まではとられないとはいえ、貧乏ほど人に忌み嫌われるものも少ない。金が全てではないとはいえ、やはり無くては困るものである。また金が無いのは首がないのと同じ、という言葉もあるではないか。お金とは、とてもとても大事なものである。現在から過去にかけて、貨幣経済が世界を飲み込んでいるわけであるから、貧乏が忌み嫌われるのも、同じだけの歴史を持つはずだ。
私は断言するが、貧乏神とだけは出会いたくない。
さて出会いたくない妖怪一等賞の貧乏神であるが、ちょうど目の前で私の煎餅を平らげたところである。
この貧乏神、本名は塚田という。そして前述のとおり、極めて胡瓜に酷似した外見の持ち主である。
彼はこの町にある地元建築会社の嫡男であり、今はその会社の役員をやっている。彼の父親は地域の祭りや催し物の一切を取り仕切る、所謂地域の顔役である。そこにちょくちょく顔を出すため、そのお世辞にもうだつの上がらない風貌に反して、やけに顔が広い一面も持つ。イベントや企画などを主催者の側から動かすなかなかのやり手である。
付き合いはすでに十数年ほどになるか。私とは高校の同級生であり、つまりはご立派な腐れ縁といえる。今までに何度か縁が切れそうな時もあったが、ぷっつりと切れることはなかった。やはり、河童と胡瓜は切っても切れない縁なのであろうか。ただこやつは胡瓜だけでなく、貧乏神であるから始末におえない。
さて、知己を貧乏神とは、なんとも無体な呼び方をする、と思われるかもしれない。しかし私とて、無根拠にこのような渾名をつけたりはしない。
塚田を貧乏神と呼ぶのには、大きく二つの理由がある。
一つは、今現在私の眼前に広がる光景が答えである。
具体的に言うと、家主の許しも得ずにドカドカと家に上がり込み、我が物顔で煎餅を口に運ぶ、その厚かましさである。他にも飲み会などで皿に残った最後のから揚げなどを、躊躇も無く口に運び咀嚼する悪鬼である。
このような厚顔無恥傍若無人唯我独尊な胡瓜は、今すぐ農家に返却するべきであると思う。しかし返却窓口がどこか分からないので諦めることとする。どなたかご存知でしたら、ご一報頂ければ幸いである。
さて、二つ目は彼が教えてくれる情報である。もう少し細かく言う。「有益な情報」と前置きのついた彼の話に乗ると、碌な結果をもたらさないのだ。
分かりやすく過去の例を挙げてみる。
某企業の株を薦められれば、十日を待たずにその株券は紙くずとなった。
女子がたくさんいる、出会いがたくさんある、と勧誘された集会で二百万円の壷を買わされそうになった。
これからはこのゲームが伸びる、と紹介され購入したテレビゲーム本体が、半年後には新ソフトの開発が中止となる憂き目を見た。
などなど、その貧乏神っぷりは枚挙に暇が無く、平身低頭、脱帽せざるをえない。しかも本人は悪意など微塵も無く、全て善意であるからして尚のこと性質が悪い。この男ほどありがた迷惑、という言葉がハマることも滅多になかろう。
なお彼の名誉のために言っておくが、「有益な情報」と前置きがつかない場合は悪くない結果も勿論あることを追記しておく。ただし、じゃあよい結果の例を挙げろ、と言われても、おいそれとは出てこないのではあるが。
2018/12/17 加筆修正
