表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物の怪日和(モノノケビヨリ)  作者: 白房(しろふさ)
第十七章 大河童・雪女
79/85

ありえる話、ありえない話

 大きな滑り台の上で、なにやらポージングをする父がそこにいた。

 前を向いたり後ろを向いたり、腕を上げたり下ろしたりとせわしなく動く。

 筋肉でも見せびらかしているのだろうか。それともそれが、滑り台の上に登ったもののいにしえより伝わる作法なのか。

 そんな作法があるとしたら、私はそれを真っ向から封印するように陰陽師に頼むだろう。多少胡散臭くても問題はそこではない。

 下から父を見上げる私であっても、気分上々、テンション爆上がりというのがありありと見える。童心にでも返っているのか。それともなんとかと煙は高いほうが好き、というやつだろうか。いや、流石に実の父に向かってそれはいけない。出来の悪い息子とはいえ、それはいただけない。


 さて。何度目かのポージングが終わり、父が前に向き直ったそのときである。父が足を滑らして、前のめりになって滑り台に落ちた。


「あっ!?」

 私は思わず声が出る。


 そして、そのままの格好で父は滑り落ちてきた。

 まるでスーパーマンが空を飛ぶような様である。違うのは重量の影響を思いっきり受けていることである。

 加速装置でも積んでいるのか、恐ろしい速度で地球に引っ張られる父。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 父の絶叫がプールにこだまする。人間と言うよりも、獣に近い絶叫である。父との付き合いはそれこそ長いわけであるが、こんな声を聞いたことが無い。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 父の咆哮はまだ続いた。

 そして、そのままプールにザブン、と思いきや、腹から着水し、そのままの格好でプールの上をいくらか滑った。重量がそこには働いていなかった。どんな航空力学がそこに働いたのかは分らないが、ともかく父は水の上を滑り、そして付きこむようにプールに沈んだ。


「大丈夫!?」


 と、叫びながら沈んだ父を助けようとする私。サブサブとプールを突き進む。母もそれについてくる。


 父が沈んだところに行くと、水面に肌色の海月くらげが浮かんだ。回りにはいくらかの毛が浮かんでいる。どうやらこれが父であるらしい。輪廻転生りんねてんしょうの果てに海月くらげになったのか。

 そして、三秒ほどしてザバンとプールから出てきたのは、立派な落ち武者であった。


「いやすげえな!六十年以上生きてきて、水の上を滑ることがあるなんてな!ビデオ撮っとけば、テレビとかでも放送されたかもな!いや惜しかった!」


 父であった。どうしようもない父であった。この豪胆さと出来事を楽しむ様は、肝が据わっているよりも何も考えていない、が近いのではないか。少なくとも、心配する私にかける第一声ではない。


 そして、それを見ながら母は言った。


「河童の川流れならぬ、河童のプール滑りね!」


 こんな一生に一度無いであろう稀な出来事を目にしつつも、やはりどうしようもなく母であった。こんな時まで雪女である必要は無く、少しは父の心配をするべきではないか。もしくは父の頑健さに対する、驚異的な信頼なのだろうか。これしきのことで、うちの旦那がどうなるはずも無い、と。


 私は思う。何故このような心臓に毛の生えた両親から、繊細微細せんさいびさいな私が生まれてきたのであろうか。両親は外科手術で本当に毛でも移植したのか。それとも私は橋の下の子なのだろうか。

 特に何事も無かったとはいえ、一応息子らしく心配した私の立場が無い。まぁこれも運命の女神は父に味方をしたのだろう。両親が健在であることは、息子としてはうれしい限りなのだが。


 その後、プールを後にした私たちは帰路についた。

 程なく自宅に到着し、食事をする。調理は母が行った。久々の母の手料理は、定番の肉じゃがだった。少し砂糖が多く、濃い目の味付け。舌の根が味を覚えており、懐かしさで私の胃袋がちょっとだけ悲鳴を上げた。


 食事をしても父はテンションが高く、しきりにビデオを回していなかったことを悔やんでいた。

 これからもことあるごとに、この話をするのだろう。南の島に戻っても、近所の人に触れ回るだろう。もちろん証拠の無い以上、証言台に立つのは母の役目だ。「確かに見たんですよー。河童が水の上を滑るところ」と言うのか。それはそれで面白そうなので、これ以上は何も言わないこととする。


 翌日。家の玄関で手を振り見送る私と、笑顔を残して帰っていく両親がいた。タクシーの背を見、次会うのはいつであろうか、と思案する。今度は有給でも使って、私が会いに行く番なのかもしれない。それならそれで、いい報告を出来るようにがんばろう、と心に深く刻み込む。主に恋愛関係で。三ヶ月先か半年先か。いずれにしても、行動こそが真実なのだ。


 それから二日ほどが経過した金曜の夜。私のパソコンがメールを受け取っていた。誰からだろう?といぶかしげに覗いてみれば、父からのメールであった。


「言い忘れていた!誕生日おめでとう!」


 そういえば、言われ忘れてもいた。そもそも、今回は私の誕生日だから帰ってきたはずだ。なんともひどい扱われ方である。そこ一番大事だろう。しかしまぁいい。それもこれも、未来の笑い話だろう。酒でも酌み交わし、わははと笑いながらする話なのである。父は豪快に胡瓜を口に運び、母はダジャレで場を凍らせるのだろう。それはその時に語るとして、両親の久々の帰郷という物語は、ここで幕を閉じるのである。

第十七章 大河童・雪女 - 了 -

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ