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物の怪日和(モノノケビヨリ)  作者: 白房(しろふさ)
第十七章 大河童・雪女
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河童と胡瓜の関係性についての論文

 父はポキュポキュという、マンガにすら出てこない擬音を立てながら、寿司をほうばっていた。いや、もう少し厳密にお伝えしよう。寿司は寿司だが河童巻きに特化されている。そのため先ほどのような擬音になる。

 回転寿司の中で一番安い商品であり、私たちのお財布にも優しい。しかも、我が父が河童である証拠を読者諸兄にご披露する、という意味では分りやすい。何所どこに出しても恥ずかしくない河童である。


 母はまぐろをこれでもか、これでもか、と口に運んでいる。特筆すべきことは他に無いので、とりあえずは置いておく。


 私はと言うと、コンベアで流れてくるものを適当に取り口に運んでいた。とりあえずは玉葱の乗った鮭が流れてきたので、それを口に放り込み咀嚼そしゃくする。そして、鮭の上に玉葱を乗せることを発明した人に思いを馳せる。

 何をどう思いついたら、そんな発想がでるのであろうか。他に鮭と玉葱を取り合わせた料理は、少なくとも私は知らない。回転寿司で、しかもなぜか鮭だけである。鮪や鯛には乗らない。ハンバーグにも乗らない。サラダ巻きには微妙に混じっているか。真相は闇の中であり、しかも知ったところで雑学以外の何物でもない。学級新聞のコラムくらいであれば、多少クラスの話題になるかもしれないが。それでも一面ニュースで語られるには恥ずかしい。


 父の方を見る。積まれた皿の山。どれほどの河童巻きをやっつけたか分らないが、更に父は、胡瓜きゅうりの一本漬けなるものを注文した。メニューを確認すると、実際にあるのだから仰天ぎょうてんする。寿司屋ではなく居酒屋のメニューのような気がするが、まぁあるのだから仕方が無い。我が父は、おそらく胡瓜消費量において日本有数であろう。


 父はそれをボキボキと歯で噛み砕く。この食いっぷりには間宮であっても一目置くのではないかと思う。


 父と胡瓜について記憶を遡ってみる。

 そういえば、まだ私が幼い頃、父が借りていた菜園で作業をしたことを思い出す。

 子供の頃なので、地図上の位置や広さについては曖昧だ。

 暑い夏。父の運転する車で出かけ、草取りだったか虫取りだったかの作業をさせられた。菜園全部で胡瓜を栽培しているのである。どんだけ胡瓜が好きなんだよ、と子供心に思ったものだ。何せ、収穫するときには父の腕いっぱいに胡瓜である。あの青臭さがなんとも胡瓜であり、車内は胡瓜という揺り篭に包まれているような按配であった。JA職員であっても、そこまで胡瓜は好きでないだろう。

 父は夜毎、胡瓜をむさぼっていた。時に味噌をつけ、塩をつけ、マヨネーズをつけ、刻んでお酢まぶし、浅漬けにし、はたまた何もつけずに口に運んでいた。


 そして、さも当然のように、私にも胡瓜を食べることを要求する。自分の好きな食物を子供と共有したい。それは一種、親のエゴとしてよくある話なのだろう。しかしながら、育ち盛りの子供である。野菜が好きははずが無い。無論私は拒否をする。胡瓜なんぞより肉が食べたい。私はそう訴える。


 ここからが父の本領発揮で、あの手この手で私に胡瓜を食べさせようとする。胡瓜を食べたら肉を食べていい、なんていうのはよくやったやり取りだ。

 他にもテストでいい点を取ったら、胡瓜を食べなくていい日を作るなんてのもあったし、酷いときにはハンバーグの中に胡瓜を入れられたことがある。食べるとポキッ、と音のするハンバーグなんぞ、あっただろうか。どこをどう思考を巡らしたら、そのようは発想になるかは分らない。そこまでする意味があったのかも分らない。


 母もあれやこれやと手を尽くしているわけなので、そういう意味では同罪である。当時の私が「No More 胡瓜!」とデモ行進を行わなかったことを、読者諸兄は賞賛するべきである。さぁ、早く!惜しみない拍手を!この和をもってたっとしとした私を賞賛するのだ!


 長く語ったがこのような過去を持つわけであり、私は胡瓜が好きではない。それは私が河童でない証明も同じである。河童は胡瓜が好きであり、私は胡瓜が好きではない。つまり私は河童ではない。なんとも分りやすい三段論法の舞台がここに幕を開ける。


 まぁ父も年をとり丸くなったのであろう。今日この回転寿司での一幕では、河童巻きを食べろと要求してはこない。父だけが河童巻き祭りである。胡瓜づくし、胡瓜まみれ、河童巻きパラダイスでもいい。


 読者諸兄、もうそろそろ胡瓜と言う単語がうっとおしくて仕方ないであろう。しかし、それももう終わりである。食事は終わったのだ。胡瓜と言う悪夢から、解き放たれるのだ。


 私たち三人は、回転寿司屋を後にした。父は河童巻きで膨れた腹を揺すっていた。

 そして次向かう先は、予定通り流れるプールである。


 特に何事も無くプールに到着する。

 入り口で料金を払い、更衣室で水着に着替える。


 私の少し向こうで、父は着替えをしていた。その後姿を見たとき、違和感を感じた。私の父は、こんなに小さな人だったのだろうか、というものである。

 父はもっと大きかったはずだ。もっとたくましく、雰囲気があったはずだ。水泳で鍛えた、いかにもごつい体。よく自慢げに力瘤ちからこぶを見せていた父。そんな父だったはずだ。


「おう!着替え終わったぞ!さっさとプールに行こうぜ!」


 私はかぶりを振る。いや、違う。私が大きくなっただけだ。そうだ。それだけなんだ。父が変わったのではない。私が変わったのだ。


 私と父は連れ立って更衣室を後にする。

 プールに入る前のお決まりでシャワーを浴びたとき、それは見えた。

 髪が塗らされ顔に張り付き、どう贔屓目に見ても立派な河童がそこにいた。落ち武者と言い換えてもいい。おおよそどんな景色がそこに繰り広げられいているかはご想像できるであろう。環境破壊もここまできたか、そりゃ地球も温暖化するわ、という按配である。


 プールの脇を歩いていると、水着に着替えた母が向こうからやってきた。


「あらー、お父さん。立派な河童ね。髪の毛、誰かにかっぱらわれたの?」


 母はここでも母だった。


 そんなこんなで私たちは、プールを楽しむ。

 水に浸かり、顔を水につけ、泳ぎ、仰向けに浮かんだ。

 平日と言うこともあり、客はまばらだ。貸切とまではいかないが、優雅な時間がそこにあった。平和で静かで贅沢な時間。


「おお!俺は滑り台で滑ってくるぞ!」


 父はそう言って、滑り台に向かう。

 観光プールにはつきものの、水の流れている大きな滑り台。

 この数分後、私は人生初の光景を目にする。

 何を目にしたか。それは次の部で語られるので、読者諸兄には今しばらくお時間を頂きたい。なに。それほど遠い未来の話ではない。

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