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物の怪日和(モノノケビヨリ)  作者: 白房(しろふさ)
第十七章 大河童・雪女
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節目と言ってもいつもどおり

 私の誕生日が近づいた某月某日、季節は夏だと思っていただきたい。

 私のパソコンがメールを受信した。まずは取り急ぎ、その全文をここに記させていただく。


 送信者:父


 件名:元気?


 本文:我こそは、から始まる源平絵巻、合戦前の口上でも奉ろうかと思ったが、何も文書が思いつかなかった。ならば普通に書き始めればいいじゃないか、と思うだろうが、そこはどっこい俺のことなので、普通に始めようとするわけがない。そのことは重々承知の上だと思うので諦めてもらおう。


 息子よ。久方ぶりの連絡であるが元気だろうか。そうだ。君の父だ。このメールは君の父が送り主だ。今頃感涙にむせび泣いているかと思う。何しろ久方ぶりの父からのメールなのだ。いくら君が「そんなことは無い」と言い張っても、その涙は消すことが出来ない。その頬を伝う熱い水は、俺と母さんへの幾億もの感謝の感情を含んでいるのだ。だから何も恥ずかしがることは無い。思いっきり泣くがいい。一升瓶から溢れんばかりの水分を出すのだ。


 しかしだ。昨今詐欺メールも多いと聞く。この前もテレビのニュースでやっていた。だから、もしかすれば君もこのメールを詐欺と思うかもしれない。だが安心するんだ。このメールは間違いなく君の父からのメールだ。生みの親でもあり育ての親でもあり、現在進行形で親であり、多分未来永劫みらいえいごう君の親だ。その証拠に私は君の名前を知っているし、俺の頭がまごう事なき河童だ、ということをお伝えしよう。どうだ。信用したかい?信用したなら口座番号を教えるので、十万円ほど振り込んでもらいたい。振り込み手数料の負担もお願いできれば、これ幸いである。


 相も変わらずゲームにいそしんでいるのだろうか。君は幼い頃からゲームが好きだった。将棋もトランプも好きだったし、もう少し年を重ねたらテレビゲームに熱中していた。ゲームそのものが悪いとは言わないが、ゲームに熱中しすぎてはいけない。恋だ。恋をするんだ。俺も母さんも、そろそろ君の晴れ姿を見たい。孫の顔が見たい。もちろん君のことだ。その冴え渡る頭脳で量子力学的に自分の恋人が存在することを証明したことだろう。さぁ、早く。いまこそ。なう!いでよ恋人!我は求め訴えたり!


 前置きが長くなったが、本題に入ろう。もうすぐ君の誕生日だ。なので、たまには家族っぽいことをしようと思い、今住んでいる心地いいこの場を一旦離れ、君の誕生日を祝うためにそちらに出向こうと思う。母さんも一緒に帰るので、細かい心配は要らない。母さんはダンススクールの練習があるからと渋っていたが、なんとか説得することができた。山より高く、海より深い感謝するのは今だ。


 あと誕生日の前日にはそちらに着くが、出迎えは特に必要としないのを明記しておこう。


 なおこのメールを書くのに、約三時間も消費した。俺の老い先短い残り時間の三時間だ。それくらいの価値あるメールだと心得て欲しい。ではまた。



 これがメールの全文である。



 最近の技術進歩はかくありきで、コピー&ペーストするだけなので簡単である。もしこれを全部手で入力するとなると、時給を貰わねばやっていられない。キーパンチャーの時給はいくらだろうか。千円くらいならやる人も結構いるのではないか、と思う。まぁ今回の話に直接関係があるわけでもないので捨て置く。


 それにして、間違いなく父のメールである。このうざったさは間違いようが無い。こんな回りくどいメールを送ってくる人が他にいれば、ちょっと病院を紹介したい。

 私自身、もってまわった言い方をするのは重々承知しているが、間違いなく父の遺伝子が大きく作用している。

 しぃなの時といい、塚田の時といい、私の周囲を取り囲む遺伝子は、どうにも我の強いやつばかりのような気がする。日本人の美徳である「控える」に公然と反旗を翻している。我先に我先に。日本人の西洋化もここまで来たか、と憂いを感じる次第である。文明開花の足音が、少し遅れてやってきた。


 話を進めよう。


 しかし。そうか。両親が帰ってくるのか。あの定年退職を機に、南の島に移住した両親が帰ってくるのか。あの大河童と雪女が。自分の両親を妖怪物の怪と言ってしまうのは、世間様から見るとダメ息子だろうが、実際そうなのだから仕方が無い。その有様はまた次の部以降で書くとして、ここでふと考えてみる。どうやら私の物の怪的人生、その始まりは、あの両親から生まれてきたことではないか。何しろ河童と雪女である。ネームバリューは言うまでも無く、各地民話に引っ張りな人気者である。私は妖怪と妖怪のハイブリッドなのだ。環境に優しい車も真っ青である。エコカー減税を今こそもう一度。


 どうにもやはり、三十路と言う節目の誕生日であっても、妖怪物の怪からは逃れられぬ運命なのだ。そこで私は気持ちを新たにすることにした。どうせ逃げられないなら、精一杯この人生を全うするのである。腹を括ったのだ。さぁ妖怪物の怪魑魅魍魎ようかいもののけちみもうりょう。かかって来い。八面六臂はちめんろっぴの活躍をご覧いれよう。ただし、多少手心は加えていただきたい。


 そして、特に何も無く誕生日前日がやってきた。今日は両親が帰ってくる。

 とある夏、その水曜日のことである。

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