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不愉快極まりない出来事

 この貧乏神の話は後に回すとするが、ともかく碌でもない時にやってきたものだ。


 貧乏神はこちらを怪訝そうに眺める。


 いかに友人といえど、この有様をみれば表情がそうなるのも致し方なし。


 玄関は開け放たれており、ダンボールでバリケードが作られている。その影からは、いい年した大人が体育座りで階段上を気にしているのである。やはり致し方なし。


 ダンボールの影にいるのが幼児であれば、戦争ごっこでもしているようで、ほほえましい光景と見えるかもしれない。しかし、ダンボールの影に隠れているのは、もうすぐ三十歳児の青年男子であり、現在は河童への片道切符を予約中である。


 しばしの沈黙の後、彼は私に「何をやっているんだ?」と尋ねてきた。微かに声が震えているのが認められた。声の振るえだけでは混乱しているのか、それとも笑っているのかは判然としなかった。

 私はとにかく今の状況をわかってもらうため、こと細かに状況伝えることに力を注いだ。


 巨大な猫が私の家に入り込んだこと。


 そやつに二階を占拠されていること。


 これは猫を追い出す作戦であること。


 私が特に妙な信仰を持ち始めたとか、薬物に手を染めたりはしていないこと。


 作戦遂行のためには、どうしても張り付いていないといけないこと。


 今現在の私は、このような奇天烈きてれつなことをしているが、ご存知のとおり普段はこの様なことはせず、静謐な生活を心がけていること。


 お願いだから理解してください、そしてあまり触れないでください。


 このような内容を切々と彼に伝えると納得はしたようで、貧乏神は私に同情する言葉を発した。

 この男がなぜ突然やってきたかは会話にのぼらなかった。おそらく暇にあかせた散歩中に立ち寄った、とかその程度のことであろう。


 その後、私と彼は他愛も無い話をし、猫が下りてくるまでの時間を潰した。しかしというか、やはりというか、待てど暮らせど化猫は一向に姿を現さない。暇にあかせ、河童と貧乏神でコラボダンスを始めてみたが、化猫はやはり一向に姿を現さない。


 さしもに待つのも飽きてきて、さぁどうしようか、いい加減突入するべきか、と考えていた時である。貧乏神の「猫はどこから入り込んだんだ?」の一言で、私は背筋に寒いものを感じた。

 確かにそうではないか。そもそも私が考えていたことは、化猫の侵入経路を調査し封鎖、金輪際、奴が進入しないようにすることではなかったか。台所でないことを考えれば、最近足を踏み入れていない二階の可能性が高い。私は阿呆か。いや阿呆に違いない。麒麟も老いれば駄馬にも劣るのだ。


 自問自答をし自己解決しながら、階段の上を見る。そこに化猫はいなかった。


 私は一目散に階段をバタバタと駆け上がった。後ろからは、「おーい」と声が聞える。しかし構っていられるか。今は何より化猫である。


 二階に上がった私を待ち構えていたのは、開け放たれていた旧自室のドアである。猫だ猫。あの化猫め、人間様を誑かすとはやるではないか。面妖な妖術をつかいやがって。決して私が勝手に道化を演じているわけではないぞ。


 私は旧自室、その中に踊り入った。ドン!という効果音が鳴り響いた。なお効果音は、私の脳内だけの話である。


 そこで私の目に映ったものは、蹂躙じゅうりんとしか形容出来ないほど荒れ果てた光景であった。多数の雀、鼠、蜥蜴の死骸、そしてちょうど化猫が入れるくらいに開いた窓と、突き破られた網戸。さらに糞尿と腐敗の混じった、すえた臭いに鼻腔をくすぐられた。

 化猫の姿はそこにはなく、私はうなだれ膝をつきそうになった。しかしちょうどそこに、糞尿があることに気づき、寸でところで太ももに力を入れ踏み留まった。



 もし遥か昔、そ、平安時代と仮定しよう。化猫騒動が起こった場合、僧侶、神主、陰陽師おんみょうじはどのような対処をしたのだろうか。おそらくお札をはり、部屋の中を塩で清め、更に出入り口にも盛り塩。そして最後に祝詞のりとや念仏を唱え、空間を清めたのではないだろうか。


 しかし私は僧侶神主陰陽師ではない。頭髪の状態は僧侶に近いものの、僧籍をとった覚えは無い。とりあえず私は旧自室の惨状、この有様をなんとか清めるべく、使えそうなものはないかと家中を探した。


 結果、お札の代わりにガムテープで網戸の穴をふさぎ、塩の代わりに消臭剤を振りまき、出入り口には盛り塩代わりに水の入ったペットボトルを配備することにした。これは僧侶神主陰陽師の技ではなく、ホームセンターの技である。そしてとどめに、祝詞や念仏代わりに掃除機の音を響き渡らせた。


 私は爽やかな汗をかき作業を終えて、一息つきたいと思い居間に戻った。


 するとそこには貧乏神がいた。しかも勝手に私の煎餅を口に運んでいるではないか。貧乏神の手元の袋を見ると、たっぷりと入っていた煎餅は残り二枚となっていた。貧乏神はそれを二枚まとめてむんずと掴むと、自分の口の中に押し込んだ。貧乏神が煎餅を砕く、そのバリバリボリボリという音が不愉快この上なかった。しかし、貧乏神の顎の強さには素直に驚嘆した。


 さて此度に化け猫騒動における金銭的被害をまとめてみよう。鯵の開きと煎餅、しめて数百円ほどである。煎餅は違うような気もしたが、おそらく化猫が来なければ、あの煎餅は私の口に入ったであろう。なので、被害額に計上することにした。今の世の中、数百円もあれば牛丼が食える。これはなかなかの出費である。

第二章 化猫 -了-


2018/09/03 加筆修正

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