誘い込まれて夢の中
ワイン、ビール、焼酎、ウイスキーなどなど、それらを飲み干し飲み下しながら酒宴が続いていく。
つまみは私の買って来たナッツ類であったり、笹山の用意した燻製であったりした。笹山の用意した燻製はそれは美味く、高級なものであるに違いなかった。
そして当然の如く、とりとめもない話で時間が過ぎていく。
やれ、どこそこのパスタが美味しいだの、この前出会った女の子がかわいかっただの、最近はスキンケアもやらなくてはいけなくなっただの。そういう当たり障りのない話であった。なんとなく話題が、私には縁遠いものであるように思えて仕方なかった。おそらくこれが、普通の話と言われるものなのだろう。そうか、これが普通か。妖怪共に精神を蹂躙されているからか、少し私の感覚がおかしくなっていたのかもしれない
そんな話を小一時間ほど続けたときであろうか。私はふと思いついたことを口にした。
「笹山。私に話したいことがあるんじゃないのか?」
「……。かなわないなぁ、先輩には。昔っからそうですよね、なんか勘がいいというかどうにか」
どうやら勘が的中したようである。自分自身、勘がいいと思ったことはない。ただ、人から言われるとそんな気持ちになってくるのだから不思議である。そうか、私は勘がよかったのか。そして、それを実証するかのように、さらにある予感が頭をよぎった。
「先輩、俺ですね、銀行辞めようかと思ってるんですよ」
笹山の口から、予感した答えが返ってきた。私が頷いたのを皮切りに、笹山の独白が始まった。
内容は愚痴から始まり、今の自分の心境にまで広範囲に及んだ。笹山の名誉のため詳しい内容はここでは書かない。各自想像していただきたい。人生何事も順風満帆、風も嵐もない旅路、ということはありえないのだ。それは笹山という絵に描いたようなリア充であっても例外ではないのだろう。
しかし、なんでそんな話を私に?という当然の疑問が浮かんだ。それを口にすると、「先輩なら、何も言わず話を聞いてくれるかな、と思ったんですよ」という返答が返ってきた。私はただただ受身なだけである。そのことに自負はある。しかし、それも受け取り方次第なのだ。先輩として頼られるというのも悪くない。私は自分の中の、敗北感と劣等感が少し解けるのを感じ、それを恥ずかしくも思った。
そして、笹山の話は終わった。すっきりしたような顔をしているところを見ると、先輩としての役割は果たせたようである。私だって、人の役に立つことはあるのだ。
どのくらいの時間と酒量を消費したのであろうか。いい加減私はふらふらになってきた。家に帰るのも面倒で仕方がない気持ちであり、それを言葉に乗せる。
「あ、先輩、どうぞ寝てってください。今毛布持ってきますね」
と言うと笹山は毛布を持ってきて、私に渡した。これもまた清潔感のある毛布であった。
「俺もここで寝ますよ。ほら、覚えてます?ゼミで行ったキャンプのこと。あの時、みんなで雑魚寝したじゃないですか。なんか今、それ思い出しましたよ」
笹山もリビングで毛布に包まり、寝転がった。そういえばそんなこともあったかもしれない。しかしそれを思い出すには、私は聊か酔いすぎているようであった。私は笹山に「おやすみ」も言わず、意識を失った。
さて、である。
次に意識が戻ったときは、私は草原の真ん中で仁王立ちをしていた。
はてさて。私は笹山の家で雑魚寝をしていたはずである。それがなぜ草原の真ん中に立ち尽くしているのであろうか。中央分離帯の真ん中で爽やかな目覚めを果たしたことはあるが、草原というのは今までにない。夢遊病にしてもひどすぎる。
そんなことを考えていたが、天啓のように頭によぎる言葉があった。
夢。
なるほど、それしか思いつかない。ここは夢の中であろう。思いついたことに理論的展開を見せることなく納得する私。どうやらこれは私の夢の中であるらしい。こんなに意識と記憶をはっきり持った夢というのは初めてである。しかし、夢はいまだメカニズムが解明されていないものだ。こんなことがあっても不思議ではない。
ともかく私は、自分の周辺を見渡すことにした。私は草原の真ん中に立っており、後ろには鬱蒼と茂った森がある。遠めに見れば、どうやら城のようなものも見える。その少し手前には動物の姿も見え、羊であることが想起された。どうやら西洋中世ファンタジーの世界のようである。アリスはウサギを追いかけ不思議の国に至ったが、私は夢により不思議の国にたどり着いた。
次に私は自分の格好を見る。
全裸であった。一糸纏わぬ姿であった。
夢とはいえ、私は何ゆえ生足生尻生ふぐりを晒しているのだろうか。これが夢の中でなければ即逮捕である。むしろ夢の中であってくれないと、私の人生が大きく捻じ曲がる。