そしてこの結末
さて、私の家で雑談をする三人の図。女性としゃべると言うのはとてもいい。なんだか癒されるように思えた。やはり運命の赤い糸は、この千葉さんと繋がっているのではないか、と妄想させるに十分である。
そして、どうやらしぃなは千葉さんを気に入ったようで、しきりにじゃれあっている。うら若き女性と幼女のじゃれあい。これはこれでとてもいいものだ。私はなんとも言えない不思議な多幸感に包まれた。お母さん、生んでくれてありがとう。息子は今、幸せです。
どれくらい間、おしゃべりを楽しんだのであろうか。さしもに会話に隙間と狭間が生まれた頃合に、しぃなが言葉を投げた。
「DVD見よ!DVD見よ!」
なんと素晴らしい提案であろうか。DVDであれば会話はいらないし、その間は一緒に過ごせる時間になる。なかなかこの幼女は空気が読める。従姉に少し感謝する。しぃなを生んでくれてありがとう。
「しぃな、DVD持ってくる!」
言うが早いかしぃなは居間を出て行った。私と千葉さんはそれを見送った。
しかしどこに行くのであろうか、という疑問が浮かぶ。居間にはいくつかの映画のDVDがある。有名なネコとネズミが仲良くケンカするDVDもある。子供と見るにはそれが相応しいのだが。
そして階段を上り下りしたであろう足音が聞こえてきた。
「しぃなDVD持ってきた!みんなで見よ!」
戻ってきたしぃなの手に握られていたDVDとは秘蔵の猥褻DVDであった。
……。
ちょおおおおおおおおお!まてええええええええええ!
どこから探してきた!いや多分自室だ!そういえば置きっぱなしだった!いやまて!しぃな!探すのはいいが持ってくるな!
パッケージからは、裸で巨乳の女性がこちらに笑いかける。一糸纏わぬその姿はまさにリビドーの化身である。
あわてて千葉さんの方を見る。表情が少し強張っているのが目で見てわかる。あぁなんたることであろうか。何故俺はもっと入念に隠しておかなかった。過去の自分を呪ってやりたい。呪詛と式神をいくら飛ばしても足りない憤怒である。
私はしぃなに話しかける。それは大人が見るものだからまだ見ちゃダメなんだよ、と。
しかし、しぃなは話を聞かない。
「おっぱいが見たいの!お母さんより大きいおっぱいが見たいの!」
なんということであろうか。千葉さんに私の性癖が暴露された。なんたる羞恥、なんたるプレイであろうか。マゾヒストの方にはご褒美なのかも知れないが、恥ずかしいが先にたってしまい、どうしようもない。その証明に今私は華厳の滝のような冷や汗をかいている。これはいけない、現状をうまくやり過ごさねば、と私は頭を回転させた。
しぃながおっぱいおっぱいと言ったから、今日はおっぱい記念日としよう。
何考えてるんだ俺よ!今は無駄なことは考えるな!意識を!向けろ!現実に!
「おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!おっぱい!」
しぃなはしきりにおっぱいを叫んでいる。まさにおっぱいの一人混声大合唱である。右手にDVDを持ち、左手を振りながらでおっぱいを連呼する。どの左腕の振りは、まさしく匠の技と言うのがぴったりである。なんたる有様であろうか。まもなく三十路を迎える男にこの羞恥。
すると千葉さんはしぃなに歩み寄り「それは大人が見るものだからまだ見ちゃダメなんだよ」と諭した。それを聞いてしぃは残念そうに「えー……」と言った。先ほどまでの駄々こねはどこにやら、だ。私と同じことを伝えたのにこの差である。言葉はやはり、何を言ったかではなく誰が言ったかなのだ。
千葉さんは、しぃなの手から猥褻なDVDを取ると、それをテーブルの上においた。
「おっぱいですね」
「はい。おっぱいです」
なんだこの言葉のやり取りは。なんだか生徒指導室に呼ばれた高校生の気持ちである。やはり思う。なんたる羞恥プレイか、と。
程なくして千葉さんは帰って行った。名残惜しいのが半分だが、もう半分は得体の知れない感情であった。女性に対する性癖暴露はこれほどの破壊力を持つのか、と恐れ入り、それをものともしない加藤の不屈の精神に感嘆の声をあげる。正直少し死にたくなったことは明記させていただくが、少しだけ死ぬと言うのがどういう状況かはわからない。問わないというのも武士の情けである。
そしてその日の夕方を越えて夜が降りてくるころ、従姉がしぃなを迎えに来た。しぃなは従姉に連れられ帰って行った。
「しぃな、またおじさんのことろに遊びに来るね!絶対だからね!」
おじさんと呼ばれて少し傷ついたが、あの頃の子供から見れば立派なおじさんなんだろうな、と思われた。
やれやれ、今日も一日いろんなことがあったなぁと反芻する。一つ思い出した。報酬の土産、もらってない。まぁいいか、お食事券も当たったし、なんだかんだ千葉さんともお話ができたわけだしな。それでよしとしよう。
それにしてもやはり何と言っても千葉さんである。あれは生まれてから五本の指に入る程度には恥ずかしかった。
彼女の顔を思いだしてみる。
トクン
胸が高鳴り、少し不思議な感覚に陥る。やはり、私は千葉さんのことが好きなのだろう。読者諸兄に先に言って置こう。「マゾに目覚めたんじゃない?」というツッコミは止めて頂きたい。これも武士の情けである。これは万年の恋なのである。断じてそうなのだ。
第十四章 座敷童 -了-