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ここに新しい種を蒔こう

 飲み会会場である居間を後にして、千葉さんをトイレに連れていくことにした。大金持ちの表現としてトイレまでの道のりが果てしなく遠い、というのがある。しかし我が家は普通の一戸建てであるわけで、さして時間もかからずトイレに到着する。


 トイレのドアをガチャリあけ、千葉さんと共に中へ。無論トイレは狭いので、私と千葉さんはぴったりとくっつく格好となった。妙齢の、しかも自分の好みの女性とこんなにくっついてしまった。三十路を目前に控えた私であるが、中学生が好きな異性と言葉を交わすように、心臓が大きく脈を打つ。ドキドキと私だけに聞こえる脈音である。酒のせいでこういう形にはなったのが、今回、私の運命を司る神は味方してくれている、と確定的に言えた。


「ごめんなさい……少し出ちゃうかもしれません……」


 私から離れ、便座の前にひざまずくような形で座り込む千葉さん。これでいつ気持ちが悪くなっても安心安全である。もちろん気持ちのいいものではない。しかし下手に居酒屋などで、こういうことになるよりは随分とましであると思う。結果的に我が家で飲み会を開催したのはよかったのだ。掃除をするのは私だが、それはそれほど苦ではない。


「あぁ……」


 千葉さんから色っぽい吐息交じりの声が発せられる。私は千葉さんの背中をさすることにした。実際にこれから出すにしろ出さないにしても、背中をさすったほうがいいと思ったからである。女性の体に触れる、ということの意味を考えるまでも無くだ。これはまったくいやらしい意味ではないことを、強く強くお伝えさせていただく。誰だってそうするだろう。私だってそうする。


パァン!


 その時、破裂音がした。どこかで何かが爆発するような音である。一寸どこかで爆竹でも鳴ったのか、と思うような鋭い音だった。

 しかし、その音の正体は爆竹ではなかった。


「あの……その……ごめんなさい……オナラです……」


 どうやら破裂音の正体は千葉さんの放屁であるらしい。こんな音の放屁は始めてであったが、まぁ千葉さんだって人間であるから、放屁くらいくせえええええええええええええええええええええええええええええええええ!


 なんだこの匂いは!?くせええええええええええええええええええ!発酵!?腐敗!?どちらにしてもうわあああああああああ!腸内でなにやら得体の知れない微生物でもうおおおおおおおおおおおおお!目だ!目に匂いが突き刺さる!眼科はどこだ!?目薬を処方しろぬがあああああああああ!兵器!?兵器だ!!!!俺は攻撃を受けている!!!鼬の最後っ屁という言葉もあるが、まさかこんなことでこうやって体験をぬおおおおおおおおおおおお!


「私、便秘気味で……その……あの……」


 悶絶しうずくまる私に声をかける千葉さん。

 数秒の後、匂いは虚空に散り、普通に呼吸が出来るようになった。大きく息を吸い、今度は吐く。それを三回ほど続け、私は生き返った。

 あれはなんだったのか。いや、間違いなく放屁である。それを疑う余地は無い。しかし、あんな放屁が存在するのがこの世の不思議である。形容の仕方の無いとてつもない匂いであった。どこかのテロ組織であれば間違い無く兵器として使われるレベルと言える。わが国と世界の安寧のためにも、千葉さんがテロ組織に誘拐されないことを切に願う。ここには予算を多めに出してもいいのではないか。国連の出番である。

 フェレットは鼬であるが、千葉さんは見た目だけではなかった。これは見まごうこと無い鼬である。私の中で、千葉さんは鼬であると確定的となった。大宮(狐)、高島(狸)、千葉(鼬)と私の電話帳に登録される。


 こんなことがあったが、千葉さんの吐き気もどうやら治まったらしい。ともかく居間に戻ることにした。その間、呼吸は出来るだけ深く大きくを意識した。

 そこで私たちを待ち構えていた光景を読者諸兄にご報告したい。改めまして、ではあるが、なに、それほど難しいものではない。簡単にご説明しよう。大宮は塚田を、高島は間宮を、それぞれ踏みつけているのである。


 もう少し詳細にご説明しよう。

 まず塚田。床に四つんばいになって尻を大宮に踏まれている。大宮は酒のせいもあるかは分らないが、顔を上気させ「これが気持ちいいんでしょ?もっと欲しいんでしょ?」といいながら踵あたりで塚田を踏みつけている。擬音で表すなら、グリグリ、であり、マンガなどで登場するサディストなお嬢様のような脚の使い方である。やけに手馴れた感じなのが見て取れる。

 次に間宮。床に腹ばいになり、やはり尻を高島に立て続けに踏まれてまくっている。プロレスのストンピングをご存知の方は、それを頭に思い描いていただきたい。高島は「しゃー!んなろ!しゃー!んなろ!」と口にしながら間宮を踏み続けるのだから、まさしくプロレスである。先ほどまでの新婚家庭のような愛情溢れる光景では無く、これではDV夫妻である。


 踏みつけられる独身貴族。それはまさに男としての、貴族としての尊厳を踏みにじる行為である。いかに三国に名前を馳せた修羅、大宮と高島であってもそれは許されない。それ見たまえ、二人の顔を。苦悶に


 二人とも恍惚の表情であった。

 塚田と間宮は私と長い付き合いであるが、あんな表情は始めてみた。恍惚、以外の表現が見当たらない。


 今日この日、独身貴族男爵と伯爵に、新しい扉が開かれた。


 私と千葉さんは顔を顔を見合わせた。この光景を頭で処理するのが難しかったからである。それはそうだ。私と千葉さんがトイレに行っている、その数分の間に話が進みすぎている。こういう趣味があることを私は否定しない。わが国にはマゾヒストの方も大勢いると言う。だからこそ否定しないし否定できない。しかし。しかしである。どこをどう話が進んだら、こういう光景に落ち着くのか。その辺の論理回路をうまくまとめたら、学会に論文が提出できるかもしれない。ノーベル賞は私のものだ。

 そして、私は千葉さんが次に言い放った言葉を生涯忘れないだろう。


「あの……私に踏まれてみます?」


 さすが大宮、高島という妖怪物の怪の友人である。この子も大概なものだ。

 結局私の新しい扉は開かれなかったのだが、これもまた経験に違いない。


 その後、少しあって飲み会は無事終了した。いや、無事だったかどうかを客観的に見た場合どうかは分らない。しかし女子陣を送った後、塚田と間宮は視線を交わし頷きあっていた。独身貴族の絆が、性癖を介してより強固となったわけである。私は蚊帳かやの外であるが、こればっかりは仕方が無い。いや、仲間に入れろとも思わないのだが。

 破壊の女神たる大宮高島は、今回物損的な破壊は行わなかった。しかし、独身貴族男爵と伯爵の心の壁を大規模に爆破、更地にし、新しい種を蒔いた。破壊と創造は表裏一体というが、こんな結末を誰が予想した。もし予想できた方がいたら、ロト6でも買うべきだ、とご忠告申し上げる。


 私と妖怪物の怪との縁。もうこれはどうしようもない、絶対的な逃れられぬ縁であると確信的に言える。次の妖怪はどこだ。早く姿を見せろ。かかってこい。そして、私の運命を司る神のところまで攻め進む。一直線に攻め進む。前へ。前へ。前へ。


 果たしてこれで私の電話帳に、鼬も追加されることになった。最後ではあるが、これも皆様にお伝えしておこう。私の万年の恋は今日始まった。携帯電話を握り締め、私はそう断言できる。できるのだ。これもまた、新しい種なのだ。

第十三章 鼬 -了-

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