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千年の恋。万年の恋

 独身貴族の傑物ども、その一切から誰を合コンに誘うか考えてみる。


 まず中村は除外であろう。二次元にしか興味のない奴は、誘っても常識的に考えて来ない。誘うだけ無駄であることが自明である。むしろ女子陣の代わりにフィギュアでもおいておいたほうがよいのではないか。最悪の場合「俺を侮辱するのか!」と激昂するかもしれない。いかん。そんな気がしてきた。奴のぶれなさを形容するのも一苦労である。


 次に片岡はどうか。荒涼深淵たる無職街道を、止める声も聞かずに爆走する男である。大宮・高島の出会いの場に呼ぶのもいかがなものかという結論に達する。大宮・高島も妙齢の女性だ。次の恋人には結婚を前提とした人のほうがいいであろう。そういう意味で、片岡は結婚とはほど遠い。年収という概念さえ無い三十路男。これはその辺に落ちていても誰も拾わない。まぁ言わなければ分らないのではあるが、だからと言って、私はそのことを知っているため心が引ける。


 残るは、林、塚田、間宮である。この中で二人を選ぶとしたら誰を選ぶか。中村・片岡は消去法だったのだから、今度は選ぶほうをしてみたい。


 結論から言えば、塚田と間宮を呼ぶことにした。林に落ち度があるわけではない。読者諸兄、そろそろお忘れの時期かと思うので、あえてご説明させていただく。林とはこの前の独身貴族円卓会議で久々に顔を合わせたのである。実に十年ぶりの再会。しかし、塚田と間宮はその十年の間も、なんだかんだあって顔は合わせている。合コンという一種の戦場に向かうのであるから、背中は気心の知れた者に預けたい。

 また間宮は大企業に勤めているし、塚田だって中小企業とはいえ社長のご子息である。このあたりの意味も勿論含む。


 早速、塚田と間宮にメールを送る。合コンを開催することと時間を明示した短いメール。どうせ暇であろうから返事は早いと思ったが、十分もしないうちに二人から出席の返答があった。予想通りとはいえ本当に暇な男たちである。それは私も同じなのであるが、そこには触れないのが優しさである。慈しみも湛えた慈母のような目で私たちをご覧頂きたい。


 特に特筆すべきことも無く時間はずいっと進み、きたる合コンの当日。本日十九時から戦闘の始まりである。


 料理と酒は各自が持ち込むことになっており、私も丹精込めて惣菜を買ってきた。家を全体的に片付け、玄関には緩い感じの芳香剤を。机にはテーブルクロスと一輪挿しを配置し、ちょっと知的な雰囲気を醸しだすために、居間の棚には文学全集を。どこまででも気を使い、千葉さんの好印象を持ってもらうために心を砕く。機会を与えられたのであるから、それを活かさないのは罰が当たる。それこそが人間というものだ。


 準備が終わり、ふと時計を見ると十八時。もう少しで開宴であるが、一時間をぐだぐだと潰すのももったいないこの時、私の頭に何か閃くものがあった。千葉さんはフェレットに似ていると言う。フェレットとは何か。そんな疑問が私に行動を起こさせる。

 私はすぐさまPCを立ち上げ、フェレットを検索する。そして出てきた画像を見、フェレットがどんなものであるかを知った。そうか、フェレットとはいたちのことであったか。愛らしい顔。長い胴体。と、ここまで読み進めてみて「まさかな……」という妄想が私の頭に圧し掛かる。狐や狸と並んで、鼬も妖怪の一種に上げられるときがある。「まさかな……」今度は実際に口に出してみる。言葉が質量を持った。


 ピンポーン


 来客を知らせるチャイムが私を現実世界に引き戻す。

 何を考えることがあろう。大丈夫。今回くらいは運命の神も私に味方するだろう、という楽観が頭を支配する。それに何かが起こっても、私は運命をねじ伏せる覚悟をしている。運命にあらがうのは人間の権利だ。それこそが人間が人間たる証明である。


 玄関より来客を出迎えた。塚田と間宮の到着である。ともかく中に入ってもらい、酒と料理を陳列する。二人ともにこやかに酒宴の準備をしている。どんな子が来るのか楽しみで仕方がないのであろう。大宮にしても高島にしても、見た目だけで言えば決して悪くない部類に入る。中身が獄門ごくもんの鬼、というだけだ。


 もう少しあって、再度チャイムが鳴らされる。タイミングからして女子陣であるはずだ。私はいそいそと玄関に向かい、ドアを開ける。


 「やっほー。久しぶりー!」


 当然の予想通り、女子陣のおなりであった。大宮と高島、久々に会ったが相も変わらず狐と狸である。今回は変化とも言うべき化粧をしてこなかったようだ。それとも昨今の流行はこういう薄めの化粧なのであろうか。しかしそのことは問題ではない。問題は千葉さんである。

 すると狐と狸の後ろから、小柄な女性が見え隠れした。


 「じゃじゃーん!千葉ちゃんでーす!」


 後ろから見え隠れした女性が大宮の紹介を受け「始めまして。千葉です」と口にしながら前に出る。

 つやのある黒髪は綺麗に切り揃えられており、メガネの奥に見える瞳はくりっと黒目がち。口はωのようなけもの口で、全体的に小柄で華奢であああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!



 ぬあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


 ……。


 もう一回くらいやっておこうか。


 うなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


 私は心の中で叫んだ。

 こんな!こんな!こんな!理想の女性がいたのであろうか!今まで妄想か二次元にしか存在しないと思われていた、私の理想完璧の女性が!今!目の前にいるのである!いるのだ!いたのだ!ここは浮世かそれとも夢の狭間か!千年の恋の始まりである!


 心の絶叫は、宇宙の彼方まで届かんばかりであったし、多分あの世で将棋を指しているじさまにも届いたであろう。叫びは光線と成って惑星直列を串刺し、地殻変動を誘発するほどのエネルギーをはらむ。私は今、神の左隣に座った。

 そろそろ自分でも何を言っているか分らなくなってきたので、頭を振り言葉を紡ぐ。


 「へいらっしゃい!」


 ここから少しの間、私の記憶が飛んでいる。しかしそんなことは瑣末な問題である。現在の状況。それすなわち僥倖ぎょうこうである。

 無事酒宴は開始され、私の横には千葉さんがちんまりと座って笑顔を見せている。そうである。この可愛らしい女性と談笑をしているのである。私は今の心境を語る言葉を持たない。私の全身は黄色いオーラを発しているであろうし、心臓は加速装置をつけたの如く猛烈に鼓動を脈打っている。そうだ。そうなのだ。これこそが万年の恋なのだ。

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