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硝子の心が砕けぬために

 数日後。

 お狐様こと大宮と合コンの打ち合わせをした。その時も狐は酔っていたが、あえて語ることもない。打ち合わせの内容、そのいくつか重要なことを、ここに書き記そうと思う。


 まず日程ではあるが、某日、土曜日の夜ということになった。大宮も高島も社会人であるし、千葉さんもそうらしい。度々書いているが、私にしても土日が休みであるし、ならば土曜日の夜というのは当然の道理と言える。


 読者諸兄の中には、金曜日の夜がベストな選択ではないか、と思われる方もいるだろう。その答えはある側面において正しい。金曜日の夜こそ合コンには相応しい。翌日も翌々日も休み、どれだけ酔っ払っても何とかなる。金曜夜とはそういう安心感をもたらすのだ。花金はなきんという言葉だってある。


 ただ少し待っていただきたい。金曜夜は確かに理屈上最高の日取りであるが、最大の敵がいる。考えていただきたい。シンキングタイムスタート。


 ……。


 よし。答えを言おう。その敵の名は「残業」という。そうなのだ。合コンの最大の敵は「残業」なのである。「あーっ!」と思った方もいるだろう。


 読者諸兄にも経験がおありではなかろうか。「金曜日!合コン!ヒャッフー!」と意気揚々いきようよう、定時退社をしようとした時、上司に肩を揉まれながら「これ。追加ね」と書類の束を渡されたことが。「じゃ、月曜朝一までに企画書作ってね」と爽やかな笑顔で判決を申し渡されたことが。

 時計を見れば、合コンの開始時間。歯を食いしばり、他のメンバーが合コンでウフフと楽しんでいる妄想が頭をよぎり、「俺はここで何をやっているんだ」と、いや、これ以上は言うまい。あまりに詳細に書くと、サラリーマン諸氏の怨嗟えんさの声で観想欄が埋まりそうなのでこれくらいにしておく。観想は欲しいが、そういうのはご遠慮願いたい。

 つまり、土曜日の夜がもっとも合コンに向く日取りなのである。ここまで理論武装しておけば、読者諸兄も納得であろう。


 なお「この物の怪日和とやらは、土曜日以外に話が進まない」と思われた方は挙手願いたい。何度か申し上げているが、私の人生が物の怪的に動くのは、毎度決まって土曜日なのである。これはもう運命としか言いようが無いので諦めて頂きたい。


 続いての取り決めは会場である。これは私の自宅でとなった。

 狐と狸。あの二匹は数多あまたの飲食店から当然のように出入り禁止を食らう悪鬼である。つまり、万が一予約を取ってしまい、実は出入り禁止でした、となっては目も当てられない。それに、今回は千葉さんも来るのだ。比類ない妖怪物の怪であっても、そこまで無体なことはすまい、という判断である。

 また自室で飲む分には酒代もそれほどかからない。これも大きいことだ。居酒屋で飲み会一回三千円は確かに安い。しかし一人当たり三千円を持ってスーパーマーケットに行けば、相当な量と質を兼ね備えた酒宴が出来る。酒池肉林とまではいかないだろうが、それでも結構な贅沢が出来る。肉だっていいものが買えるだろうし、酒だってそうだ。

 居酒屋が悪いとは言わないが、昨今、宅飲みの話をよく聞く。それにはそういう理由だってあるだろう。不景気は敵です。お金をください。口座番号を晒すので誰か送金を。動画サイトになにやら投稿してみようか。

 相も変わらず話が横にそれるが、以上の理由を持って私の自宅が会場と相成った。


 最後の取り決め。ある意味これが最重要課題と言える。参加者である。

 女子側は、大宮、高島、千葉さんの三名である。合コンの場合、やはり男子側も三人で向かうべき、は当然の帰結だ。もちろん人数を合わせなくてはならない、というルールは無い。例えば「合コン条例」という法律があって、男女の数を揃えなければ逮捕される、なんてことも無い。

 ただ数を合わせるのは暗黙の了解である。この章、その冒頭でも書いたが、合コンは男女の出会いの場、という意味合いが強い。男女どちらかが多ければ、必然的にあぶれてしまう人も出るし、一対一のほうが親交だって深められる。一対複数で話すのはなかなかに骨が折れるのだ。なので、男子側も私含めて三人というのが妥当だろう。


 さて。ここで更なる問題を抱えることになる。誰を呼ぶか、である。

 ここで新規登場人物を登場させる、という選択肢も確かにある。例えば私の同僚で後輩でもある、ちょっとかっこよさげな大崎君(二十四歳・彼女なし)を誘えば、私の頬にキスをする勢いで乗ってくるだろう。

 しかし。ここは独身貴族で無ければならぬ。なければならぬのだ。


 そもそも。私が今回行う合コンの目的は千葉さんと出会うことである。黒髪メガネの読書好きな淑女と出会うことが最優先課題であり、他の事はどうでもいい。ここは言い切ってしまおう。

 つまり、他の男を差し置いて、千葉さんと親交を深めねばならぬのだ。そうなのである。ここで少しいい男を用意してはいけない。その男が千葉さんとキャッキャウフフ、言葉でくんずほぐれつな事態になっては、私の心がけたたましい叫びをあげ、無限に近いエネルギーを放出しながら砕け散る。原子力に変わるエネルギーとして電力会社からスカウトが来そうであるが、それは本論と関係ない。話を戻すが、だからこそ独身貴族でなければならぬのだ。


 間違いの無いように言っておこう。独身貴族を下に見てるわけではない。私だって独身貴族の端くれであり、そのことに誇りは無いが自負はある。我ら独身貴族はモテない。絶対のつながりであり、三国志演義に登場する義兄弟の如く強固な絆である。ソウルメイトという塚田の言葉をここで借りようか。モテないという意味において、我らは平等だ。だからこそ呼ぶのだ。下に見ているのではない。同じ出発点だからなのだ。


 しかし。それと同時に大宮、高島の出会いの場でもある。つまり、私と同じ所に立ちつつ、大宮と高島が「やらなきゃよかった」と後悔しない人選が必要なのだ。


 独身貴族のメンバーで、誰を呼ぶか改めて考えてみる。

 頭の中で見渡してみて、自分を含めてどうにも荒涼たる焼け野原な人材、それしかいない心持ちがする。なかなかの難問であるが、何、リーマン予想よりは遥かに簡単な問題だ。多分。

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