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悪漢暴徒の出現

 岩陰から加藤達を見守る我ら式神達。


 向こうは加藤と彼女さんのいちゃいちゃとした愛溢れる世界。

 一方こちらに踏み込めば嫉妬と怨嗟の声でどろどろぐちゃぐちゃしている独身貴族の世界。

 同じ現実世界でもこれほどまでに違うのである。これはこの世に神も仏もいない証明ではないかと思われた。瑞々しい果物を眼前に置かれたものの、それを口に含むことすら許されない餓鬼道である。


 遠目に眺めていて、そのいちゃいちゃさ加減というものは分かるものである。髪を触り、頬を触り、肩を寄せあう。擬音で表すならば「トローリ」であろうか。

 羨ましく奥歯を噛みしだく我々独身貴族。それはもう奥歯からぎりぎりと音がするほどの歯噛みである。人、これをねたみという。


 どれほどの時間がたったのであろうか。

 辺りが静寂に包まれ、いい加減奥歯がガタガタになり、このままでは奥歯が粉砕すると思った刹那せつな、不意に加藤の顔が彼女さんの顔に近づいた。

 それはこの物語、物の怪日和初の接吻の予感である。生唾を飲む音すら聞こえるような光景。

 加藤はゆっくりと彼女の頭の後ろに手を回し、そして



「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」



 甲高い奇声が静寂をズタズタに切り裂いた。

 一寸何が起こったかわからず、声の方を見る我々。

 声の主は瓶底めがねにテカった髪の毛を持った男。すなわち中村であった。


 我々の視線に気づいたか気づかないのか、やおら中村は両の手を天に突き上げ、またもや「キエエエエエエエエエエ!」と奇声を上げながら加藤に向かって走り出した。


 何だ!?中村に何が起こった!?物の怪にでも取り憑かれたのか!?


 すぐさま独身貴族は全員でアイコンタクトをし、式神はその役目を果たすため中村の後を追いかけることにした。


 走り出した中村。それを追う我々。それは無限の距離を内包していたが、しかし加藤までの距離が近すぎた。

 先に到着する中村と、後に続いて加藤の下に馳せ参じるその他独身貴族。全員息が切れているのが痛々しい。運動不足はてきめんに表れていた。


 中村は加藤と彼女さんの前で仁王立ちをした。地を踏みしだくその有様は、名に恥じぬ仁王であった。

 そして大きく息を吸い込むと、しぼり出しねじり上げるような声を発した。


「胴上げだあああああああああああああああああ!!!」


 ……。


 わーっしょい!


 わーっしょい!


 わーっしょい!


 わーっしょい!



 四度宙を舞う加藤。四度宙を舞わせる我々。

 困惑と恐怖で顔が引きつる加藤の彼女さんと、よくわからないままに胴上げをしている我々。


 事がすむと、その場にあるのは憔悴しょうすいしきった様子の加藤と、なぜか一寸誇らしげな独身貴族であった。

 そしてほんの少しの後、中村はまたもや両手を上げながら走り出した。それがいにしえより伝わる胴上げの作法とでも言うかのように、同じく手を上げながら走り出す我々。そして、そのまま全員が車に乗りこみ、それを発進させた。


 右手に海を臨み走る車。

 車中全員無言であった。

 それは全員何が起こったか分っていないからであろう。


 なぜ中村は奇声を上げたのか。

 なぜ言われるがままに胴上げを行ったのか。

 手を上げるのは神風特攻隊を模したものではなかったか。

 バナナはおやつに入るのだろうか。


 しかしそれらすべては妄想であり、真相は闇の中である。


 ただ一つだけ分かっていることがある。


 悪漢暴徒は我々であった。


 車は走り続け、タイヤと地面のこすれる、キュッという音だけが耳に残った。

第十二章 式神 -了-

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