地獄突きの威力たるや
さて、海である。
恋人同士が語らい、愛をはぐくみ、岩影で行為に及ぶ海である。
海に来るのは久しぶりだが、できれば黒髪、妙齢の女性と来たかった。何が面白くて独身貴族の武士たちと、ストーキング目的で来なければならないのか。穏やかであった私の心が一気にささくれ立っていくのが分かる。そして、加藤の彼女さんのことを思い出し、さらにささくれ立ち、おろし金のごとき様相を呈してきた。今なら風味を損なわず、生姜くらいなら摩り下ろせそうである。
加藤の車を探すと、それはすぐに見つかった。赤い車というのはすぐに見つけることが可能である。
数が少ない、という意味でもあるが、目に付くというのも理由である。まぁ今回は後をつけてきたのだから当然であるのだが。もし現代に生きる忍の者が読者にいらっしゃったら、赤い車は止めておいたほうが無難であろう。ご忠告申し上げる。
さぁ、ストーキングの再開である。今まさに加藤が車から降りてくるところである。
それにしても海というのは遮蔽物が無い。発見されるのも時間の問題かもしれない。しかし。ここまでストーキングがバレていないのであるから、加藤は注意力が散漫なのではないかと思う。もしくは彼女さんに意識を極端に向けており、他のことは外に置かれているいるのかもしれない。
さっそく二人一組で海辺を歩く我々。
組み合わせはショッピングモールと同じである。
男二人で連れ立って海を歩く我々。
もし読者諸兄で「ホモカップルみたいだよね」という方がいらっしゃったら、今すぐ挙手願いたい。私も同じことを思ったから。そして塚田よ。意味も無く私のわき腹を突っつくな。これでは名実ともにホモカップルではないか。
塚田にわき腹をつつかれながら、ホテホテと海辺を歩く。もちろん加藤を目の端に捉えながら、である。本来の目的を忘れてはならない。私は塚田にわき腹をつつかれるために海へやってきたのではない。
しかし三度四度つつかれるにいたり、だんだんと腹が立ってきた。
そのため、私は人差し指からの四本の指をくっつけ貫き手を作り、塚田のわき腹に渾身の地獄突きを叩き込むことにした。塚田は「オゥフ」と低く呻き、わき腹を押さえて悶絶していた。いい気味である。
それにしても周りを見渡せば、海を楽しんでいる家族連れ、カップルで溢れかえらんばかりである。時刻はほぼ夕刻のため、人は少ないかと思われたが意外に多い。皆幸せそうに海を楽しみ、顔には笑顔が浮かんでいるようである。
まぁ海というのは、私たちになんともいえない興奮と望郷感を与える。恋人にしろカップルにしろ独身貴族にしろ、海というのは来るだけで楽しいのである。
すると目の端に男同士で来ている二人連れが写った。なんとなく体に触れ合ったり、わき腹をつつきあったりしていた。
海に来たらわき腹をつつくのは当然の義務なのであろうか。海とわき腹には、何か因果関係があるやもしれぬ。それにしても見ようによってはいちゃいちゃしているとも見える。
その様を見ると、なんと言うかホモカップルのようであった。なので、私たちも傍から見ればやはりホモカップルのように見えるのであろう。由々しき事態である。私はホモセクシャルではなく、いたってノーマルな男である。むしろ白いブラウスとタイトスカートを着用したOLさんが大好物の、そんじょそこらにいる馬の骨である。他にも趣味趣向性癖はあるのだが、読者諸兄が引かぬように、まぁこれくらいに抑えておく。個人的に興味をもたれたかたは、こっそりと聞いていただきたい。
いや、私の性癖の話はどうでもいいのだ。今はホモの話、でもなく、加藤の話である。
不意に加藤を見ると、だんだんと人気の無い方に移動していくのがわかった。その方向には岩があり、少し影になっているのが分かる。人気の無いところに連れ込むとは、まさか加藤は不埒で淫猥な行いをするのではないか。すぐさま独身貴族にメールを送る。「加藤の行動が怪しい。各人行動準備」と。
いらぬお世話を、と思われた読者の方も多いかもしれない。加藤たちはカップルなのである。そんな不埒で淫猥な行いくらいするではないか、と。
しかし待っていただきたい。我々の当初の目的は、加藤たちが悪漢暴徒に襲われた場合、いち早く助けること、である。今まさにその可能性が高い、人気の無いところに行こうというのである。今行動せずいつ行動する。詭弁というなかれ。これは式神に与えられた崇高な誠実な使命で、いや、自分で語ってなんであるが、やっぱり詭弁のような気がしてきた。
まぁよい。そうこうしているうちに岩陰に独身貴族そろい踏み、となったのだ。加藤に見つからない、ぎりぎりの距離を保って。さて、これからどうなるものやら。