生贄に捧げられし林の顛末
前を行く赤い車より人が降り、入場口に向かうのが見えた。遠目に見ても加藤で間違いはないようである。もしこれで加藤以外の人を尾行していたら踏んだり蹴ったりである。独身貴族円卓会議は見ず知らずの人に迷惑を書ける集団ではない。外部の人にはめっぽう弱い、極めて内弁慶な集団である。そして何度でも言うが、カップルとなった加藤を悪漢暴徒より守る、正義の式神である。
加藤を確認した我々は、ゆっくりと車から降りてくる。
アトミックドライブという死地より生還した私は、車から降りた瞬間大きく伸びをした。背骨がミシミシと音をたてた。横を見れば塚田も大きく伸びをしていた。アトミックドライブは体にかかる負担が大きいのではないか。
中村は車から降りてくるなり「塚田よ。フィギュアは2.5次元だ。わかったな」と車内の会話を引きずっていた。私は中村の首筋に軽く一発手刀を叩き込んでおいた。マンガでよく見る相手を気絶させるシーンであるが、当然のことながら中村は気絶しなかった。こんなもので気絶していたら、命がいくつあっても足りない。
とりあえず我々六人、綺麗に合流を果たした。
即座に加藤に見つからないと思われる距離でストーキングし始める。
今回は二人一組ではなく、加藤の背後を中心に六人で少し散らばりながら尾行することにした。散開というやつである。
二人一組で尾行するのが面倒くさいし、全員で状況を確認したほうがよいという判断からだ。集団で尾行するということは気づかれる可能性もあり、はたまた我々の発する暗黒闘気により強大な魔物を呼び寄せる可能性もあるわけである。色っぽい女性悪魔であればそれはそれで喜ばしいが、ガチムチマッチョな悪魔に尻を狙われるのはいただけない。
さて、水族館の内容は基本的にショッピングモールと同じである。我々は加藤をストーキングし、暗黒闘気を発し、ルサンチマンな発言をし、苦悶し、のたうち、イルカショーで素直に感動し、横にいる独身貴族の満面の笑顔を見て深い溜息をついたりした。
その他独身貴族の特筆すべき行動を列挙してみよう。
塚田は魚をあしらった帽子を母上の土産のために購入した。意外に母思いだが多分似合うのは、魚に詳しい某さんだけであろう。
片岡は「なぜ水族館には食用の魚はいないのだろうか。秋刀魚が泳ぐ姿もあってもいいのでは?」と全員にメールで発言。言われてみればそうであるが、いつもどおり本筋とは関係が無い。黙殺する。
林はイルカショーを鑑賞するとき、いつにもまして眉間の皺が深くなった。怒っているのか、とも思ったが、そのままの眉間に皺を寄せたまま「素晴らしい!」と言っていたのをみると、単に集中していただけのようである。集中すると眉間に深い皺がよるとは、なんとも難儀な男である。
中村は特筆すべきことが無かったので割愛させていただく。
間宮は売店でアイスクリームを買い、それを吸引とでも言うべき速度で食べ終えた。間宮。吸引力の変わらない、唯一つの独身貴族。
相も変わらずな我々である。これでは加藤をストーキングしているのか、単に水族館を楽しんでいるのか。読者諸兄でも意見が分かれるところであろう。喧々諤々の議論をお願いしたい。
そうこうしている間に、加藤たちはまた移動を始めた。次なる目的地は、そう、恋人たちが訪れる場所、様々なドラマが生まれる、海である。
海へ到着した我々を待っていたのは、潮の満ち引きが織り成す音の大合唱であった。そして心地よい風が私の頬を撫で、海の表面に夕焼けが当たり少し眩しい。
海の音と、その光景は私に落ち着きと平静を与えた。海はいい。一種悟りを開けそうなほど、穏やかな気持ちになる。
もっともそれは、間宮のスムーズドライブにてここに着いたことにも因果がある。間宮の運転は優しく、慈愛に満ちたものだった。中村のアトミックドライブに懲りた私は林を生贄に捧げた。今回初めて中村のアトミックドライブを経験した林を見ると、顔色が火星人の如くすぐれなかった。
もっとも、火星人というものに私は会ったことは無いので、あくまでイメージでお話をしている。NASAの人にでもその辺を聞いてみたいが、おそらく国家機密であろうから真相は闇から闇へである。いや待て。何故私は火星人がいるという前提で話をしているのだ。私の脳よ。周りが妖怪だらけとはいえ、火星人くらいいても不思議ではない、とか思ってはいけない。間違うな。