次元の彼方
次のデートコースは水族館である。早々に準備を始めなければならない。
塚田は片岡と林に合流するようにメールを送り、我々は一足早く車へと向かった。
移動しながら塚田が叫ぶ。
「加藤の車は赤の(都合により削除)、ナンバーは(都合により削除)。ここの車の出入り口は一つだ!そこで捕捉するぞ!」。
この男、いつのまにやら加藤の車まで割り出していやがったか。案外敵には回したくない男である。
私たちは駐車場に到着し、すぐさま中村と間宮の車に別れて乗り込むことになった。私と塚田は中村の車に。林と片岡は間宮の車に。
我々が乗り込むやいなや、中村は車を急発進させ、出入り口を目指す。
大型ショッピングモールとはいえ、車で走ればそれほど広いわけでもない。ほどなく車は出入り口に到着した。
後ろを見れば、間宮もちゃんと着いてきているようである。
さぁ準備万端、問題は、加藤が先に行っていないかどうかだけである。頼むよ神様、たまには私の願いを叶えてください。そして黒髪の乙女を私にください。
願いが一つだけ叶い、赤い車が視界の端に映った。どうせ叶うなら黒髪の乙女のほうがよかったが、横を見れば血走った目をした塚田がおり、やはりここは男地獄なのだと再認識した。
塚田が「やつだ!やつが現れたぞ!」と叫ぶ。加藤の車のようである。遠目ではあるが、加藤と思しき人物、そして助手席には女性の影。間違いはないであろう。それにしても塚田のはしゃぎようが見苦しい。鬼の首を取ったようなテンションである。
出入口から出、くいっと左に曲がる加藤の車。それを追う独身貴族の面々。さながら生者を執拗に追う亡者の様相を呈してきた。しかし現在の我々は亡者ではない。陰陽師不在の式神である。亡者とは決定的に違う。重ねて言うが亡者ではない。
走る加藤の車。追う我々。
以前にも少し書いたが、中村の車はおんぼろワンボックスカーである。そして、あれから少しとはいえ時間が経過している。そのため我々の乗っているこの車は、ばっさりと言い切ってしまうと鉄くずと同様の有様である。普通に走っているだけで車体はガタガタと揺れ、エンジンは唸りを上げている。
さらに間の悪いことに、加藤はウインカーを出すのが少しだけ遅い。そのため、それを追う中村の運転は段々としかし確実に荒くなっていった。言葉で表現するならば「アトミックドライブ」と命名したくなるようなダイナミックな運転である。乗っている私としては少々怖い。
おんぼろワンボックスカーのエンジンは、最早、雄たけびをあげているようであった。あるいは悲鳴だったかもしれぬ。
それにしても荒い運転である。この中村という男、もしや自分に陶酔してはいないだろうか。多分頭の中ではハリウッド映画並みのカーチェイスが行われているやもしれぬ。私は命の危険を感じていた。しかし運転しているほうは当然だがそう動じた様子も無い。目は前方の加藤の車を見据え、たまにメガネをくいっと上げていた。余裕綽々と言ったところか。
中村が唐突に吐き捨てるように言った。
「それにしても加藤め。三次元の何がいいんだ。」
中村が相も変わらずで安心した。この男は本当にぶれない。常に真っ直ぐに二次元を捉えている。天晴れである。
いつもであればここで終わる話なのだが、珍しく塚田が食って掛かった。
「何言ってんだ中村。フィギュアもある意味三次元だろうが。」
これが末代まで語り継がれる「中村大演説」の引き金であった。
その内容は、中村が余りに早口でまくし立てたため、記録することができなかった。元麒麟児の大脳をフル活用しても、全てを把握することが難しいほどの速度である。
おおよそ聞き取れた内容をお話しすると、フィギュアの意義から始まり、フィギュアは3次元ではなく2.5次元。そしてその論理的根拠。次元の隔たりに横たわる絶対的で絶望的な差。その素晴らしさ。二次元だからこその美しさにまで言及していた。
この清々しいまでの禍々しさが中村の真骨頂である。この男は弁護士や検察官にでもなったなら相当なやり手になったのではないかと思われる。もちろん二次元限定の、ではあるのだが。
そうこうしているうちに水族館が見えてきた。
加藤の車が最後と思われるウインカーを出し、我々もそれに付随し水族館の駐車場に入って行き、それと同時に中村大演説は幕を下ろした。
中村はまだ話し足りなかったような雰囲気であり、口先だけが動いていたことは明記させていただく。
水族館に到着した我々。式神作戦第2ラウンド。水族館大作戦の始まり始まり、である。