我対象を確認せり
それにしても加藤も恋人が出来て変わったものである。
以前は金の使いどころといえば猥褻な逸品の購入くらいのものだったのに、今は服を買いに行くのである。
服を買うようになってから変わったのか、変わったから服を買うようになったのか。いずれにしても、社会的に見れば歓迎される変化であろう。
さて。全く非生産的な明日の作戦を練る。
我々はうまい具合に六人である。なので、二人組みに分かれてそれぞれストーキングをすることになった。
片岡・林組。中村・間宮組。そして塚田・私組である。
状況は各自携帯電話を使い報告をし合う。途中で移動があるため、そこでは六人全員で合流して追いかける。車は間宮と中村に出してもらう。
こんな感じでいこうと相成った。
無論イレギュラーなことは起こりえるであろう。準備万端であっても、想定外のことは起こる。それが現実である。その際は、独身貴族各位の能力をもってこれにあたる。そして、転んでも泣かない。
決戦は明日である。
決戦当日、午前十時三十分。某ショッピングモールの内部。
我々は加藤が来る予定より三十分早く現地入りした。
少し早めに現地入りしたのは理由がある。加藤が早めに来ても問題が無いように、ということ。そして、急遽問題が発生したためだ。開始前から不測の事態が起こるとは、さすがは行き当たりばったりの独身貴族である。このあたり、運命の神は我々を弄ぶ。
二階にあるフードコートで大罪貴族が集まる。そして、アイスやらクレープやらを片手に問題を話し合うことになった。なお、間宮だけはクレープを二刀流で持っており、片手ではなく両手であったことを明記させていただく。この男、近いうちに糖尿か通風になるのではないだろうか。いや、既に現役の患者になっているのかもしれない。
さて、最大の問題とは何であるか。それは、加藤をどうやって探し出すか、ということである。
初手から作戦が暗礁に乗り上げていると言わざるを得ない。というよりも、そもそもなぜこれが頭に浮かばなかったのか、の方が不思議である。
このショッピングモールは地域最大級である。一階入り口だけでも四つあり、屋上駐車場からの入り口は、エレベーターが四つ、エスカレーターも二つ。そして、この建物は三階建てで、屋上は駐車場である。しかもエレベータに乗った場合、どの階に下りるのかが分からない。つまり出入り口としては合計十もあるのだ。
我々は六人であるから、全出入口をフォローするには四人足りない。
これは困った。
まして本日は日曜日であり、人の入りは多い。加藤が無数の人の群に紛れてしまえば探し出すのは困難である。さてどうするべきであろうか。
「急遽誰かを参戦させるか?」
これは間宮の意見である。しかし、加藤の顔が分からない人を参戦させても意味がないし、頭に誰も思い浮かばない。仮に浮かんだとしても、残り時間は三十分もないため、参戦自体が現実的ではない。却下である。
「加藤に屋上の駐車場に停めろ、と指示を出すか?」
これは塚田の意見である。ストーキング対象に我々のことを知らしめてどうする。却下である。
「エレベーターとエスカレーターの間を行ったりきたりするってのはどうだ?」
林が常識的な案を提案する。いいかもしれないが、どう見ても不審人物である。警察沙汰になってしまえば目的を果たせない。これも却下である。
「分身の術だな」
中村の意見である。我々は忍者ではない。却下。
「本筋と関係ないけれど、張り込みにはアンパンと牛乳が必須じゃない?」
片岡からの意見である。本当に本筋と関係ないが、個人的には採用したい。
そうこうしている間に時間ばかりが過ぎていく。
結局、人出は多いのだから、一階駐車場に止めることは難しいと考え、二、三階のエレベーター前、そしてエスカレーターを監視することになった。現実に即した妥当な判断であると言える。
午前十一時少し前。全員が戦闘配置に着いた。
さぁ、やって来い加藤。出入り口の問題でいちいちドキドキさせやがって、目に物見せてくれる。もちろんこれは、私たちが勝手にドキドキしているだけであって、加藤には一寸の落ち度も無い。
そして来る十一時少し過ぎ。
おおよそ時間通り、加藤が私の見張っているエスカレーターから女性を伴い降りてきた。ビンゴ!マーベラス!ハレルヤ!である。作戦がうまくいき小躍りしそうになるが、ここはじっと我慢の子である。急いては事を仕損じる。化け猫との死闘を演じ私には、あれから先達の言葉を重く受け止めることにしているのだ。
それにしても加藤。なんと幸せそうな顔であろうか。私の心から、嫉妬以外の感情が霧散する。女性のほうを見たまえ。小柄で黒髪でメガネで文学や図書委員が似合いそうな私好みの女性で加藤おおおおおおおおお!!!爆発しろおおおおおおおお!!!滅びろおおおおおおおおおお!!!ぬあああああああああああああああああ!!!
私は心の中でそれはそれは声を枯らさんばかりに絶叫し、歯茎に血が滲むほど歯を食いしばった。心の叫びは戦いの合図である。自らの心、その深淵との戦いである。
しかし私の心が暗黒に満たされ飲み込まれそうになっても、義務は果たさねばならない。人間は義務を果たす動物である。独身貴族全員にメールを送る。
「我対象を確認せり」