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物の怪日和(モノノケビヨリ)  作者: 白房(しろふさ)
第九章 化猫ふたたび
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逃れられぬ運命

 私は河童、という名前でSNSを始めた。


 早速SNSにログインする。オレンジ色の背景がなんとも鮮やかで目に鮮やかでまぶしい。つらつらと当て所も無くサイトを眺めてみる。少しすると「これが私の新しい運命を切り開くかもしれないサイトなのだ」と思い、感慨深くなった。そして、これまでの妖怪臭を発する奇人変人とは違った、真っ当な人間、そんな友人知人が出来ることを切に願った。


 とりあえず、今日のところは名前付けに疲れた。私は明日から本気出す、と硬く心に誓い、未来への扉とも言えるSNSよりログアウトした。


 ……


 さて。

 明日から本気出す、と誓いを立ててから二週間ほどが経過した。その間で起こったことを少し、お話でもしてみようかと思う。

 結果から申し上げれば、私は未だSNSの何たるかを経験もしていない、といわざるを得ない。なぜならば、私がSNSを始めるのを待ち構えていたかのように、急に仕事が忙しくなったのである。来る日も来る日も残業残業また残業。近年社畜という言葉が大流行らしいが、まさに私は社畜であった。

 かつて無いほどの忙しさであり、その過酷さは鬼も悪魔も裸足で逃げ出すほどであった。そんな業務は瞬く間に私の体重を3キロほど削り、頭髪にも甚大な被害を与えた。


 私は「助けて労働基準法!」「No More 残業!」と叫びたかった。

 なんといっても二週間で体重3キロ減少である。単純計算で、一年を待たずして私の体重はマイナスに突入する。体重がマイナスになると、地表からちょっとだけ浮く、ことになるかもしれない。それはそれで面白そうであるが、頭髪への被害を考えると諸手をあげては喜べない事態である。


 そして軟弱といわれるかもしれないが、私の頭には「さっさとこの会社辞めてやる」という言葉が浮かんでは消え、また浮かぶ。たかだか二週間でそこまで追い詰められたのである。しかし不況の昨今、下手に動くのは悪手でしかない。再就職も厳しいと聞くし、私はここぞとばかりに強固な精神力と小市民っぷりを発揮し会社に残り続けた。


 さて、SNSにログインする間もなく、時間はそれこそ矢の如く進んでいった。私は確かに「明日から本気出す」と硬く心に誓ったのだが、その明日とはいつ来るのであろうか?無理にでも話を進めなければ、明日とは永遠に来ないものなのかもしれない。


 そんなこんなで地獄に突入してから二週間そこそこ経過後、やっとこさその明日がやってきた。壊滅的ともいえる残業地獄から私は生還したのである。

 もう少し残業地獄が続けば、奈落の無職地獄に自ら望んで落ちていく手前であった。危うく危うかったわけであるが、神や仏はまだ私を見捨ててはいなかった。私は生還のうれしさにチャカポコチャカポコと木魚を鳴らし、小唄でも歌いたいと思い至った。しかし、それをやっては方々様々な方よりお叱りを受けそうなので止めておき、代わりに海まで足を運んで「俺は生き残ったぞー!」と叫んでみたりした。


 さて、明日がやってきたのだから、SNSを進めねばならない。


 私は仕事を終え帰宅する。帰宅して早々にジャージに着替え、冷蔵庫を開けサイダーを取り出し、それをゴブゴブと飲み込む。

 一息ついたらPCを立ち上げ、SNSにログインをする。そして、そのオレンジ色の画面に飛び込んだ。


 まだまだ何も手を付けていなかったが、独身貴族の面々からは友達申請がきていたので早々に承諾をする。

 プロフィールも大して書いていない。

 なんともしょぼい自分のページである。当然のように、友人も独身貴族しかいないのだ。

 しかし、誰だって最初はこんなものであろう。

ネット上の友人が何十何百何千人いる人であっても、最初は一人から始まるのだ。試行錯誤し、時にうまくいき、時に失敗し進むのだ。千里の道も一歩から。これから私は、様々な人間関係を積み上げていくのだ。そう思えば、自然と心が引き締まり、軽やかにもなる


 カチカチとプロフィールを構築していく地味な作業を行う。自分のことを書くのは少し気恥ずかしさもある。しかし、再度同じことを書くが、これが未来への切符になるかもしれないのだ。そしてこういうマメなことは嫌いではない。


 少ししてプロフィールも書き終わった。そしてTOPページに戻ってみると、画面に見慣れない赤文字が浮かび上がっている。

 どうやら誰かからメッセージが到着したようである。

 さて、誰からだろうと開いてみれば「まんま☆み~や」こと間宮からのメッセージである。再度見ても「まんま☆み~や」というネーミングは何とかならなかったものか?と思うが、それは腹に仕舞っておく。

 それよりも気になるのはメッセージの中身である。私は早速赤文字をクリックする。


 「貴殿の参加すべきコミュニティを、TSUKADAが立ち上げたので、参加されたし」


 メッセージには上記の文と、コミュニティへのリンクと思われるURLが貼り付けられていた。塚田の名前がハンドルネームなのは、間宮なりの配慮なのであろうか。


 しかしそれにしても、なんともこの時点で嫌な予感がプンプンする。どんなコミュニティなのかも予想がつく。おそらく読者諸兄にも想像はつくだろうし、大方それは間違っていないであろう。


 私は一度目を閉じ、そして見開くと同時にそのリンクをクリックした。

 そして、現れた文字「コミュニティ:独身貴族円卓会議」に、私は奈落まで届きそうなほどの深い、深い、深いため息をついた。

 私の手は、諦めとも自棄ともいえない感情を背中に乗せたまま、そのコミュニティへの参加をクリックした。逃れられぬ運命というのは確実に存在するのだ。

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