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物の怪日和(モノノケビヨリ)  作者: 白房(しろふさ)
第九章 化猫ふたたび
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仮想社会における名前についての考察

 SNSを始めるにあたり、自分自身の紹介、プロフィールから作成せねばならない。それを作らねば私が誰でどういう人物であるかが分からない。早速始めようではないか。やると決まった以上は、ノリよくいかねば損である。


 カチカチカタカタ……


 プロフィール作成中の初手、私は傍と立ち止まった。ハンドルネーム。つまりSNS上の名前を考えねばならないのだ。


 ここは思案のしどころ頭の使いどころと言える。まさしくフェルマーの最終定理以上の難問であろう。自慢ではないが私はゲームの主人公の名前付けにも、たっぷり1時間はかける男である。まして仮想社会とはいえ、自分の名前である。それよりさらなる時間がかかることは想像に難くない。


 名前付けに人生のいくらかを捧げている私は、この道のプロフェッショナルといえる。こういう時は、まずはどうするか。それは思考の根っこを作くることである。そうでなければ考えが進んでいかない。思考にしろ植物にしろ、根っこが一番大事なのである。


 さて、まず、独身貴族円卓会議のメンバーと交流することが前提なのだから、私、と分らなければならない。しかし本名を名乗ることはいささはばかられる。

 三十路間近の独身男が本名を晒したからといってどれほどのものか、という向きもあろうが、私はそこまで肝は据わっていない。

 つまり思考の根っこは「独身貴族には私とわかり、なおかつ本名ではない」である。


 さて、次は根っこを元にして具体的に考えなければならない。

 一時間ほど熟考したが、いまいち思いつかずにいた。こういう時は、お手本が必要である。

 私を誘った加藤のハンドルネームは「ヤスノリ」であるらしい。

 やつの本名は違うはずなので、意味が分らない。どこからその発想が来たのであろうか。


 ここで私は好きなキャラクターの名前でも付けようか、と思い至った。

しかし、それでは私だとわからないし、そのキャラのファンが黙っていないだろう。

 他を考えなければならない。

 ウケを狙って、「ああああ」にでもしようか。しかしこれもやはり私だとわからず、さらには滑った時のダメージはことのほか大きい。具体的には、次回の独身貴族円卓会議で、失笑の刑をくらうだろう。


 「独身貴族子爵」と入れれば、独身貴族どもには私だと一目瞭然いちもくりょうぜんだ。しかしながら、この名前を三十路を目前にした男が自分から名乗っては痛い。いや、痛いのを貫通する。自嘲のレベルが針を振り切ってしまう。


 いけない。

 考えれば考えるほど、沼に引き摺り込まれるように思考が動かない。これではプロフェッショナルとしての看板をおろさねばならない。


 さりとて三時間を越えたくらいで面倒くさくなった。プロフェッショナルの看板なんぞもどうでもよくなり、それこそ踏んでぶち割ることとした。

 とはいうものの、ハンドルネームは決めねばならない。

 そこで私は、加藤以外の独身貴族にメールを送り、どんなハンドルネームをつけたのか聞いてみることとした。

 メールの一斉送信はこういう時に便利である。


 一番最初に返信があったのは、林であった。

 ハンドルネームは、「リン」。

 どうやら苗字を音読みしたものと思われる。なるほど、そういう方法もあるか、なかなかやるではないか。呼びやすく、覚えやすく、そう恥ずかしい名前でもない。一寸大陸の方のようなイメージも湧き、なかなかよいハンドルネームのように思われる。


 次いで返信があったのは間宮。

 ハンドルネームは「まんま☆み~や」。

 苗字をもじったのであろうが、如何いかんせん、実物と名前から伺えるイメージが恐ろしく離れている気がする。相撲取りを思わせる堂々たる体躯たいくを誇る間宮が、「まんま☆み~や」です、と挨拶しているイメージが想起され、言語表現では難しい感情がわきあがった。またなんとなく、イタリアの方に謝れ、と思ったことを明記させていただく。


 塚田は「TSUKADA」

 個人的に一番素っ頓狂な名前を期待していたのが塚田であった。しかし、彼奴は本名そのままであった。多分考えている間に面倒くさくなったのだろうと思われる。ローマ字に直したのは、流石に本名そのままでは芸が無かったと思ったのだろうか。現実は時に奇妙な音楽を奏でるが、時にごくごく普通なのである。


 中村は「ふぃぎゅ@オタ貴族」

 ド直球。野球で例えるならば、ストライクゾーンど真ん中、160キロの豪速球であろうか。薩摩藩さつまはんに伝わる剣術の示現流じげんりゅうは、修行で大木が倒れるまで木刀で切りつけ続ける、という。このハンドルネームは、それに似た一本以上、筋の通ったものを感じる。中村については、もう何も言うまい。そのまま突き進め。それにしても中村は独身貴族についで、オタ貴族でもあるらしい。いくつ爵位を持てば気が済むのか。


 最後に返信があったのが片岡である。

 ハンドルネームは「うなぎ」

 確かに片岡は、ぬらりぬらりと就職から逃げている。しかしまさか、そこから来ているものではないだろう。いや、そのようなツッコミを待つ権謀術数けんぼうじゅっすうなのだろうか。私はつけた理由を本人に尋ねた。返信には「なんでだろう?」とあり、はたしてぬらりとかわされてしまった。私は「このうなぎ野郎!」と思いハッとした。


 さて、他の独身貴族のもの、その逐一を書き出してみた。

 頭を使っていたり、計略を張り巡らせたり、面倒くさくなっていたりするのが伺える。しかしながら結局のところ、私の中で参考にはならなかった。多種多様すぎて、余計に頭がこんがらがるのだ。

 苗字をもじることが多いとは思うのだが、そこからの思考が進まない。ただただ無駄に頭を絞った徒労に終わったと言える。


 ここまでやっておいてなんであるが、私のハンドルネームは「河童」にすることとした。多分、それが一番座りがよく分りやすいのだ。実は最初に思いついていたのだが、流石にその一手を指すのは躊躇された。自分で自分を河童と認めるのは、存外心が痛い。ただ対外的には、有名な小説、「河童」が好きだから、という事にさせていただく。多少なりとも文学青年風味をかもし出したいのである。もっとも、私は未だそれを読んだことは無いのであるが。格好をつけたいお年頃、と思っていただいて結構である。

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