今生の仏様
林は目と口を真一文字に結び、腕を組んでいた。
塚田は下を向き、項垂れていた。
私達が涙で目を潤まし始め、どのくらいが経ったのだろう。それは悠久の時を刻んだのか、はたまた一刻の白昼夢に過ぎない時間だったのか、それは私にはわからない。話し終えた片岡は、髭をすっと指でなぞり、紅しょうがを飛ばし、そして目を閉じ、仏のように座禅を組んだ。その姿はある種の荘厳さ、高貴さをたたえ、一寸眩い光を放つようであった。まるで本物の仏様のようである。
間宮がおもむろに片岡に向かって合掌をした。中村と林、そして私がそれにならい合掌をした。塚田はその目で紅しょうがの着地点をとらえた後に合掌に加わった。
しばしの後、合掌が終わった。
合掌をし終えた私達は、妙な感覚を感じていた。
林と塚田からの反論がないのであるから、片岡の推理は正しかったと思われる。流石片岡、まさに神童の名に恥ぬ名推理である。中村は頭をガリガリかき、林はバツが悪そうに口を「への字」にまげ、片岡は慈しみを湛えた笑顔を振りまき、間宮は空になった牛丼のカップを片付けていた。無言の時間がしばし流れ、間宮が片付けているカップがガサガサと音を発するばかりであった。
塚田は咳払いをひとつした。
塚田を除く全員が正座し瞑目した。
今回の騒動の発端は塚田である。ここは塚田の一言を締めの言葉とし、今回のこの凄惨極まる独身貴族円卓会議の終了を宣言せねばならぬ。
我々は瞑目し、澄み切った心で塚田の言葉をまった。
「べ、別に集まってくれても嬉しくないんだからな!!」
「ツンデレかよ!!!!!」
塚田を除く全員が目をカッ!と見開き、同じ言葉をつむいだ。
ツンデレになにか恨みでもあるのか、やおら塚田に踊りかかる間宮と、その間宮にもみくちゃにされる塚田。 中村が「金髪ツインテールじゃないツンデレなんぞ認めんぞ!」とそれに加わり、林は「この天邪鬼!」と叫びつつ塚田につかみかかる。片岡はさも嬉しそうにパソコンから某コント集団のオチのBGMを流し、そしてその音楽にあわせて塚田はさらにもみくちゃにされていた。
私はどうしてよいかわからず、「黒髪ロング+メガネ+図書委員こそが最強」と思いながら手足をバタバタさせ舞を舞った。
私はここに来る途中、神に雪女を希望した。しかし現実に登場したのは天邪鬼な貧乏神であった。やはり仏に祈る対象を変えるべきであろうか。と思った矢先、今生の仏様である片岡が流されているBGMを嬉々として口ずさみ、邪悪な笑みを浮かべているのが見えた。なおどんな曲か分からない方は各自検索されたし。おおよそわかると思うが、あの曲である片岡がやけにノリノリであったことは明記させていただく。神も仏もあったものか、本当に。
その後のことは詳細を省く。というよりも、詳細を記述してしまうと、私のタコ踊りまでもが赤裸々に語られ読者諸兄に周知されるわけであり、私の精神に深刻な傷跡を残すことになる。この文章は、私に精神的ダメージを与えるために書かれているわけではないため、ご了解の程何卒よろしくお願いいたします。
さて、塚田をもみくちゃにしたあの技は「魔技:男まみれ」と命名された。
発動条件の厳しい大技であるが、発動してしまいさえすれば焼夷弾の如く辺り一面を焼け野原にするほどの残酷極まりない威力を誇る。事実、男まみれを喰らった後の塚田は、打ち捨てられた鰯のようであった。
男まみれの後は、紆余曲折と談笑を経て、夕方となった。よい時間となったので、私達独身貴族は塚田邸を後にすることにした。