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片岡の開拓者精神

 片岡について色々記す。


 私は皆様に元麒麟児である、と、のたまっている。今までの言動で疑問はもたれるかもしれないが、ここはそういうことにしておいていただきたい。

 さて、そういう意味では片岡はまさしく、麒麟児を超えた神童しんどうと言える。片岡家は先生、学者の家系の生まれであり、先祖代々、頭脳明晰なのだ。片岡の父は某大学で教鞭をとっているのだから何分説得力がある。


 さて、そんな家系という事もあいまって、おおよそ勉強学問という領域において、片岡を超えるものはそうはいまい。高校時代の成績は当たり前のように学年トップであり、さも当たり前のように日本の誰もが知っているあの大学へと進学をした。もちろん浪人などもしていない。そんな絵に描いたような秀才である片岡が「なぜ無職なのであるか」と疑問をもたれる御仁も多かろう。


 私達は、いわゆる「失われた世代」に青春時代をすごした。

 就職が厳しい時代でもあったし、私自身もそれは体験をしている。そんな時代のせい、と言ってしまえば一件落着なのかもしれないが、片岡の場合どう考えてもそうではない。学歴は申し分ないし、私のように鼻が高すぎる、とか、中村のようにオーラが禍々まがまがしいというわけでもない。オーラについては、スピリチュアルな方にご判断願いたいが、少なくとも私は中村より禍々しいとは感じない。むしろ、就職について言えば、私なんぞよりもよほど恵まれている性能である。


 では何故?、とやはり同じ疑問が浮かんでくる。

 実は私も本人から、その疑問に対するはっきりとした答えを聞いたことはない。「何故?」と聞けば、「なんでだろう?」とはぐらかされてしまうからだ。

おそらく林がやきもきしているのも、そのはっきりしない所が原因ではないだろうか。一つだけハッキリしているのは、彼は働く気が一寸たりともも無い、ということである。それはもう綺麗さっぱり、小坊主が舐め取った水飴の甕、のように空っぽである。


 これは林の言であるが、「働かないと食えんぞ」と忠告したら「働くくらいなら食わん」と、それはもう、剣豪の一太刀のようにバッサリ言われたそうである。昨今ニートという言葉が大流行であるが、その言より彼はまさしくプロのニートといえる。ニートに人生をかけているのだ。いっそ天晴あっぱれ、行ける所まで突き進んでくれ、そして俺達に希望をくれ、と拍手喝采で送り出したいほどのフロンティアスピリッツである。目の前に広がるは、荒涼たる大地かはたまた無限の可能性か。雲や霞を食って生きていけるわけではない、とよく言われるが、いやはやプロのニートであれば雲や霞をくってでも生きていけそうである。立派な妖怪物の怪。いや、むしろ仙人である。


 そういえば風貌も少し仙人に近いかもしれない、と思い至った。塚田と同じように、長身痩躯というより細長いシルエット、長髪、ヤギ髭、温厚そうな目。あとは山伏のような装束を着せ、杖でも持たせて山にでも放り出せば立派な仙人の一丁上がりである。ついでにほら貝でも持たせたいところであるが、それでは仙人ではなく、本当に山伏であるのでやめておく。


 改めて記すが、私は仙人片岡ですら男地獄からは逃れられないものと知り、その恐ろしさを再度確認し、その事実に戦慄を覚え奈落の底に落ちていった。急募。明日に繋がる希望。


 奈落の底もいい加減飽きてきたので現実に戻ることとする。


 現実に帰還した私を迎えたのは、牛丼の咀嚼音とその芳香、そして恋愛亡者どもであった。皆、一心不乱に牛丼と肉弾戦を演じている。その肉弾戦の中でもやはり群を抜いて戦績がよいのは間宮であった。

私が奈落観光ツアーでバスガイドさんに思いを馳せている間に、牛丼を二杯をやっつけた。その歴戦の勇者、国士無双っぷりは三国無双である。三国無双と言ってはみたものの、から天竺てんじくに牛丼があるかどうかは定かではない。少なくとも、天竺てんじくでは牛は神様の使いであるからして、牛料理はありえないだろう。


 私はその三国無双な戦いっぷりの迫力に気圧され、何気なく横にいる片岡に目を向けた。片岡も一心不乱に牛丼と格闘をしていたが、どうにもそのヤギ髭が邪魔をして苦戦をしているようである。切ればいいのに、と髪の毛とラーメンを一緒に食べている女性を見つけたときと同じ感想を抱いた。苦戦しながらも、片岡は牛丼の最後をゾルズルと口の中にかっ込んだ。食い終わり、カップより覗いたそのヤギ髭には紅しょうががくっついていた。その光景はそこはかとない面白さと、なんとも言えないやるせなさを醸し出していた。


 周りを見渡せば、あと自分の受け持ちをやっつけていないのは私と林だけであった。あとの亡者は食後の余韻よいんに浸っており、中村に至っては口元が綻んでいた。いや、言葉を正確に使うのであれば、中村の口は明らかにニヤリという擬音を発していた。やはり満腹は人の心を癒す。地獄にも一服の清涼剤である。

 私は自分の目の前に置かれた牛丼を口に運ぶことにした。

 モソモソと牛丼を口に運び、そして腹に収める私。

 私が最後の一口を口に入れた瞬間、牛丼を食し終わった林が「よしっ!始める!」と声をあげた。その声はやけに大きく、皆を林に傾注させ、私を驚かせ、むせさせ、鼻の裏側を米と牛肉で痛打させるのにも十分な声量であった。私は筆舌ひつぜつに尽くしがたい苦痛と泥仕合を演じることとなり、精神が冬場の指先のようにささくれ立った。涙と咳を噴出しながら悪戦苦闘する私を尻目に、独身貴族円卓会議は始まることとなった。


 そのとき、片岡の髭に付いた紅しょうがが一瞬だけ光ったように見えた。はたして私の涙がそのように見せたのであろうか。それともこれから始まる波乱の独身貴族円卓会議を予言していたのであろうか。

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