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林という憤怒の化身

 以下メールの全文を記す。


 送信者 林


 件名 招集令状


 本文 みんな知ってのとおり、片岡はもう長いこと無職だ。三十路を前にしてそれはいかがなものかと思う。なので、片岡を職に就かせるためにも会議を開きたいと思う。賛同される者は会議会場である塚田邸まで来て欲しい。なお、賛同しないヤツは地獄の業火で焼かれることになる。


 建設的で前向きな内容であるが、なぜ最後の最後だけ、獄門の鬼のような言葉を選ぶんであろうか。やはりやつも、どこか一風変わった妙な所がある。さすが独身貴族の伯爵は伊達ではない。無論それは誠に悪い意味で。


 と、ここでいつもどおり人物の紹介をなるわけだが。

 しかし皆さん、人間とは迷う動物である。今回の場合、林と片岡、どちらから紹介するべきか迷っている。


 まぁぶっちゃければ、結局両者とも紹介することになるのだから、どちらから紹介しようとも物語は、同じ結末に行き着くと思われる。

 例えば、弁当のオカズをどんな順番で食おうとも、腹に入れば等しく消化、栄養が吸収され、体外に排出されるではないか。結末は変わらない。

 ふと思いつきで書いてみたが、全くもってその通りである。これを「弁腹べんばら理論」とでも名づけ、そこかしこで使ってみたいと思う。

 なお、「稀にコーンなどが未消化の場合もあるがな!」と思われた方は正直に手を上げて欲しい。そしてハッキリ「お下劣!」と罵ったあげく、軽くビンタを差し上げたい。ドMの方、大募集である。


 ともかくこの理論は妙な説得力を持つような気がする。


 しかし、ある理論を考え出した場合、それに対して批判する意見を考えなければ片手落ちである。理論とそれに対する批判を繰り返すことで、より完成された理論が生まれるのだ。理論とは弁証法的に、上へ上へと完成していくのである。なお弁証法の使い方がこれでいいのかはわからない。「とりあえず最近知った言葉を使ってみた感」を感じた方、あなたは正しい。


 さて、批判をしてみよう。

 少し考えてみて、このような批判を思いついた。


 1 通常、弁当、デザート、食後のコーヒーの順で食すとしよう。

 2 腹に入れば皆同じであれば、順番の前後はさしたる問題ではない。

 3 ならば、デザート、弁当、食後のコーヒーの順で食べたいと思うか?


 という批判である。


 確かに、甘いもののすぐ後に弁当を食べたいとは思わない。ならば順番というものはとても大事なものであり、腹に入れば皆同じ、というのはおかしい、と思う。


 だが少し待っていただきたい。この批判は、的が外れていると言わざるを得ない。順序が変わっても結論が変わらないのは、弁当の中身に対してのみであり、それを取り巻く全体ではない。そもそもこの理論は味覚を考慮してはいない、という2点に


 読者諸兄、一つお伺いしたい。

 本題以外のどうでもよいことに心がとらわれている様を表す四字熟語は、枝葉末節しようまっせつでよいでしょうか?


 話を大元に戻す。まずはメールを送ってきた張本人、林について記すことに私の中で決定した。


 林は中肉中背、少し天然パーマのかかった髪、そしてごくごく普通のルックスを持つ男である。目が大きいわけでもなく、メガネをしているわけでも、筋骨隆々でもない。塚田や間宮、中村のように、わかりやすい外見的特長を持つ独身貴族の列席者の中では、一寸場違いなほど普通の男である。


 なお私自身について言えば、自分ではこれといった外見的特長を持っていないと考える。

 しかしそれを塚田と中村に申し伝えたところ、鼻で笑われる、という事が起こった。全くもって、地獄の鬼のごとき無体な振る舞いである。やつらが地獄の業火に焼かれる火はいつか。

 ここは私の写真なぞ公表して、読者諸兄各々にご判断いただきたいところである。しかし、万が一、読者諸兄にまで鼻で笑われた場合には、どのような事態が起こりえるか。私はおそらく、山に篭って仙術を極めようとするか、菩提樹の下で悟りを開こうとするか、あるいは帝都の魔人よろしく大地震でも起こそうと画策す


 どうにも最近私は、話が脱線しすぎる。少し意識をしながら話を戻す。


 そんなごく普通の外見を持つ林であるが、その内面はというと、烈火の激しさを秘めている。

 私ではうまくご説明できないので、間宮の言葉を借りることにする。間宮曰く、「林は憤怒を煮詰めて一度気化させて、冷蔵庫で凝固させると出来上がる結晶に、唐辛子を大量に入れて出来た人間であり、その心の火力は炊き立てご飯でチャーハンを作ってもパラリと仕上がる程」らしい


 いや、やっぱりよくわからない。こんなご説明で大変申し訳なく思う。「わかりにくい!」というクレームは発案者の間宮に対してお願いします。


 噂の粋を出ないが、寝ている時間以外は怒っている、といわれるのは確かである。

 噂の根源は、その眉間の皺である。怒りっぽいせいか、林は眉間に皺を寄せることが多い。あまりに眉間に皺を蓄えすぎたせいか、眉間には世界で一番深いマリアナ海溝に匹敵するほどの深い皺が常設される事となった。普通の顔、眉間に皺を寄せない顔をしていても「え?怒ってる?」といわれるそうだから、その程が伺える。無論烈火のごとき心を持つ林である。そんなことを言われるとまたもや機嫌が悪くなる、という按配あんばいだ。なんという無間地獄であろうか。早々に解脱せねば、林は怒りの輪廻の中、己の身を焼き尽くすだろう。怒りっぽい人にはカルシウムが良いと聞くが、果たしてどうか。


 さて、他の貴族どもと同じように、林も様々な逸話を持つ。しかし林の場合は、その行動の根源が怒りということもあり、あまり人様にお出しして面白いというような逸話がない。


 例えば、


 小学校時代、校長の話が長い!と怒り、登校をボイコットした。

 大学時代、あまりにふがいない大学の講師をこれでもか論破し泣かした。

 眼力だけで野生の猿を追い払った。

 林が部屋にいるだけで体感室温が2℃は上がる。

 林が横にいるとポットのお湯が早く沸く。


 などであるが、ご紹介してもあまり面白いとはいえない。


 まぁ面白い逸話なんぞなくとも、妄言奇行が日常生活の一部と成り果てている独身貴族達の間にあっては、唯一のツッコミ役であり良心といえ、また前回毒の沼地からの生還者である加藤に示したような男っぽい気骨ある様を見せることもある。

 長々と語ったが、怒りっぽいけれど根はよいヤツ、とスッパリ一言でまとめさせていただく。

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