間宮との激突
私が帰宅してほどなく間宮が到着し、早々に将棋を始めることにした。ぱちぱちぱちぱちぱち、と駒が小気味よい音を立て並べられていく。
じゃんけんの結果、私が先手となった。
▲7六歩
△8四歩
▲7八銀
△3四歩
ぱちぱちぱちぱち……
将棋に詳しい人ばかりが、この文章を読んでいるとは思わないので詳細は省く。その後数十手指した結果をご報告申し上げる。
めっちゃ負けそう。
まぁ間宮は現在将棋勉強中であり、私は昔取った杵柄で勝負をしているわけであるから、普通に考えてみて勝つことは難しいであろう。現役の高校球児と、引退しておっさんと化した元高校球児で野球をしているようなものだ。自力からして勝負にはならない。地頭については、あまり考慮したくはない。
しかし私の天狗の鼻は折れきっていない。早い話が負けず嫌いである。そうやすやすと負けたくは無い。しかし私の気持ちはさておき、残念ながら劣勢であることには代わりは無い。
俄然攻め立てる間宮。
脳をフル回転させて守る私。あまりに頭を回転させ、耳から煙が噴出しそうである。
そしてとうとう私は、どう指していいものやら分からなくなった。八方塞りという状態である。
間宮の顔には、それはそれは爽やかな笑顔が浮かんでいた。肉食獣は獲物を前にすると敵意がなくなり穏やかになるというが、それはこのような表情なのかもしれない、と思った。
しかし私は獲物ではない。将棋版を挟んだ以上、闘士であり戦士である。
その時、ふと駒が升目からやけに大きくずれていることに気がついた。
よく見てみれば、所々そういう駒がある。そうそう綺麗に駒なんぞ並べてはいないが、それにしてもずれが大きい。もしや少し将棋盤自体が削れており、傾斜がついているのかもしれない。
じーっと駒を見ているうちに、そのずれた方向に駒を動かしてみたらどうか? と思い至った。なぜそう思ったかはわからないが、どうせ八方塞りである。溺れるものは藁をも掴むというが、このような気持ちであったのかもしれない。ええい、ままよ。
一手。また一手。さらに一手、ずれている方向に指していく。
ぱちぱちぱちぱち……
十手ほど指したところで、形勢が逆転した。嘘のような話であるが、私が有利となったのだ。間宮の顔が速やかに青ざめ、酒を飲んだときと同じように青鬼と成り果てた。うん、将棋盤のおかげでここまでこれた。まさに将棋盤無双である。
あともう何手で詰ますことが出来るだろう。ここからは自力、将棋盤の力無しである。駒を見てみれば駒のずれも無い。駒も言っている、ここまではやってやったから後は自力で勝て、と。さぁ詰ましてやるぞ間宮、覚悟しやがれ。
ぱちぱちぱちぱち……
「参りました」
読者諸兄、予想はしたと思うが、私は負けた。それはもう、綺麗に綺麗に再度逆転されて。間宮の顔は、勝ったという充足感から赤鬼になっており、私は悔しさで頭の皿が乾いてしまうそうであった。いや、私の頭に皿は無い、違う、間違うな俺。
間宮は、「勝~った勝った勝~~~った~!」とよく分からない歌を歌っていた。大層な上機嫌である。
悔しい。
本当に悔しい。
あともう少しで勝てるところだったのに。私は将棋を片付けながら、そう細く細かく呟いていた。
「修行~が足りんわ!」
どこからともなく、じさまの声が聞こえたような気がした。いや、じさまは今頃天国で将棋を指しているはずなので、そんなわけは無い。私の記憶の蓋が不意に開いただけであろう。将棋盤に憑りついているわけでもあるまいし。
間宮が帰った後、私は改めて将棋の勉強をしようと思った。負けっぱなしでは悔しいからだ。
そして、そうだ、詰め将棋だ、と思った所でようやく詰め将棋の本を買い忘れたことに気がついた。何をやっているのだ、俺。しっかりしなさい、俺。やはり私は、修行が足りないようである。
第七章 憑依霊 -了-
2018/12/31 加筆修正