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成り果てる。成って果てる

 中村が話し始めてから三十分経過。

 それにしても酒が旨い。中村の話が無ければなおさら旨かったのであろう。


 四十五分経過。

 この世と酒は、切っても切れない間柄なのだ。酒は禁止とする宗教もあるようだが、神道でも神様にはお神酒みきを捧げるし、ローマ神話にはバッカスという酒の神様も出てくるし、他にも酒の神様はたくさんいるのであろう。ああもう、うんちくはいいや、酒だ、酒持って来い。この世に酒以上に、価値のあるものなんざあるものか。


 六十分経過。

 私はなぜか正座していた。どうやら私はこの独演会を、苦行と捉えたようである。一切皆苦。


 七十五分経過。

 私は中村に、全てはくうであり無である。あなたの持っているフィギュアもくうなのですよ。と、説法したくなった。どうやら私は涅槃ねはんに至ったようである。私は人生で、何度涅槃ねはんにたどり着けばよいのであろうか。


 九十分経過。

 私は頷くだけの機械と成り果て、うとうとし始めた。


 順調に身体の機械化が完了した私の頭に、ポコン、と何かが当たった。

 落ちたものを見てみると、どうやらそれは、いわゆるガチャガチャで当たるロボットの消しゴムであった。とりあえず拾ったそれは、適当に床に置いておいた。ポロン、っと音がしたような気がする。

 まぁこれだけの量があるのだから、一つや二つ落ちてくるであろう。それも致し方なし。


 そうして、またもやうとうとしていると、またもや頭にポコン何やらあたった。どうやらまたしても消しゴムである。そしてそれをポロンと床に置く私。


 数分後、またしてもうとうとポコンポロン。


 なんだよもう!! なんでこんなに落ちてくんだよ!! つか、どっから落ちてくんだよ!! うきいいいいいいいいい!!!!


 イラつきながら上を向いて見れば、それら消しゴムが棚の上からこちらを睨み付けているようである。人間の尊厳という言葉が、私の頭をよぎる。


 しかしやつらは何故、私の頭にカミカゼアタックなぞ仕掛けるのであろうか。そんなことを考えながら、また私はうとうとし始めた。頭上に気配、いや、殺気を感じ手で払いのけると、手にポコンと何かが当たった。落ちた先を見てみれば、案の定消しゴムであった。


 なんであろうか。この奇々怪々な現象は。私がうとうとすると、「ご主人様の話しを聞け!」とばかりに、消しゴムが私の頭頂部めがけ、メガトンプレスを仕掛けてくるのであろうか。

 否、そんなことはあり得無い。この科学万能の時代、そんなこと奇妙奇天烈なことがあってたまるか。しかし気味が悪い。さっさと中村の話は終わってくれないだろうか。


 それからの私は目が冴えてしまい、中村の話を最後まで、余すことなく聞くこととなった。


 中村が語り始めてから、遂に二時間が経過した。


 中村は汗をかき、声を枯らし、歯を食いしばり、あらん限りの力をこめ、言葉を紡いでいた。どうやらこれから、中村最後の心の叫びを発するらしい。うとうとしないように気を配りつつ、その話しに耳を傾けた。


「人を模したものには魂が宿るという。長い年月を経た道具に神が宿る、付喪神つくもがみの伝説もある。万物に聖性を感じ、敬い、感謝し、でる。物をただの物で終わらせない、これが日本人のよき伝統であり、信仰なのではないだろうか。私はこの古来からの日本人の美徳と心を忘れない。だからこそ、私はフィギュアを愛し続けるのだ! 」


 そう言って中村は、拳を握り空に向けて突き出した。その光景は神々しく映り、思わず拍手しそうになった。

 中村が何を言っているか全く理解できなかった。しかしそれはそれは、硬い決意を感じた。この決意の硬さは、もう現代の侍といっても過言ではない。でもフィギュアでなくても良いじゃないかな、おじさんはそう思うよ。


 そう思っていた矢先、地震が起きた。


 瞬間的に、私の心臓が大きく脈を打った。ぐらぐらと大きく揺れている。体感震度として三くらいだろうか。しかし特に地震に詳しいわけではないのでよくわからない。三という数字もなんとなくである。

 この地震が強い地震なのかどうか分からない。しかし部屋中のフィギュアが雪崩を起こし、中村を飲み込む程度の強さではあった。

 このボロアパート、振動に弱いのだろうか。もしかしたら、先ほどのうとうとポコンポロンも細かい地震の賜物なのだろうか。


 不思議なことに、フィギュアたちは中村に群がるように覆いかぶさっていった。私には頭にポコポコとフィギュアが当たる程度であった。

 数秒ほどの後、地震は緩やかに終わった。そしてかつて中村だったものは、フィギュアの塊と成り果てた。そう、成って果てたのだ。

 フィギュアの塊から突きでている腕は中村の腕。そして拳は天上めがけて突き出されている。


 その光景は、私に敬意と畏怖を感じさせるものだった。私は中村だったものに合掌し、その行く末に幸多からんことを祈った。

第六章 九十九神 -了-


2018/12/31 加筆修正

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