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黄泉比良坂の亡者たち

 加藤は普通の笑顔で発言をした。


 屈託の無いいつもどおりも笑顔。


 猥褻DVDのことを公言しなければ、普通に女性にモテそうな爽やかな顔。


 我々はその笑顔に、嫉妬と殺意と憤怒がない交ぜになった視線を送った。


 それは、まさに射るような視線、という言葉がしっくりと来る強さであった。

それが六人分。一種兵器となりえるほど強い視線であったろう。


 加藤の表情が見る見る強張っていき、「しまった」という表情となっていった。

 そして我々は、どんどん憤怒の表情に変わっていく。今であれば地獄の閻魔大王に、その表情だけで天国行きを言い渡されるほどの表情である。


 出入り口を確認する加藤。


 眉間にシワを寄せて睨みつける我々。


 出入り口にチラチラと視線を送る加藤。


 熱気、怒気から男汁が出そうになる我々。なお男汁の詳細は不明。


 観念したのか、うつむく加藤。


 さらに男汁を放出する我々、男汁が熱気で気化しそうである。


 その時、加藤が「あれ? 」と天井を指差し、加藤以外の全員が指差された方向を見た。それはさながらミーアキャットのような有様であった。

 脱兎のごとく駆け出す加藤、出入り口からそのまま玄関へ。

 男汁を噴出させながら、加藤を追いかける我々恋愛亡者。

 玄関に鍵をかけておくんだったと後悔する私。


 ともかく外に逃げ出す加藤とそれをバタバタと追う我々。

 その絵はさながら、黄泉比良坂よもつひらさか伊邪那岐いざなぎを追う黄泉の国の亡者のようであっただろう。


 逃げる加藤、追う我々。

 そして虚空を飛び交う言葉と言葉。



「加ぁぁぁぁぁぁ藤ぉぉぉぉぉぉ!!!」


「紹介してくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「どこで知り合ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「腹減ったぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


「田を返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 走りながらの言葉であるため、誰がどの言葉を発しているのかまでは判然としない。しかしどうやら泥田坊どろたぼうは混じっているようである。


 どれくらい走ったかは分からないが、最初に間宮が脱落。スポーツの得意な間宮であったが、巨漢にとって走ることは流石に辛かったようである。

 その後、中村、片岡が脱落した。運動不足がたたっているな。

 私はもう少し頑張ったが、いい加減走り疲れた。足が棒のようであり、私は辛酸を舐めつつ諦めることにした。

 林、塚田はまだ追っていったようである。 奴らを突き動かすものはなんであろうか、憤怒か嫉妬か。

 ともかく私は家に帰ることにした。

 とりもなおさず早く飲み物が飲みたい。


 家に付くとすでに居室には間宮、中村、片岡が待っており、床にはサキイカが散乱していた。誰も片付けようとしないのがなんとも苛立たしい。しかし今は皆、息が上がっているのだから、あまりとやかく言う気は無い。皆いまだに呼吸が荒く、口から出ている息が熱いのが目で見て分かる。しかしこいつらはいつの間に帰宅していたのか。なおかつ、私はどうやら私は鍵を閉め忘れたらしい。そこまで激昂げっこうしていたのか。


 ともかく私たちは上がっている息を落ち着けるため、深呼吸をした。そして私は台所に行き、冷蔵庫から水を取り出し、脱落者の待つ居間に運んだ。間宮の顔から流れる汗は、ナイアガラの滝、もしくはいぶされた豚肉から滴る肉汁のようであった。これは早めに水分補給が必要であろう。

 私が水を皆の前に差し出すと、皆これはもう必死と言えるような勢いで手に取り飲み出した。

 飲み終わり全員が一息ついたところで、私たちは林と塚田を待つことにした。


 程なく塚田が帰ってきて部屋で大の字になった。


 さらに林がその後しばらくあってから戻ってきたが、なぜか胸のところが泥で汚れていた。諦め、とは確かにいい言葉では無いが、そこまで頑張らなくても、と思う。そして泥を我が家に持ち込んで欲しくは無かった。掃除をするのは私だ。


 林の帰還後少したって、全員の呼吸が整った。最後まで息が整わなかったのが間宮なのが痛々しい。


 これで加藤以外の全員が揃ったことになる。


 唐突に塚田が「加藤おめでとう!」と発し、拍手をした。


パチパチパチ


「加藤おめでとう! 加藤おめでとう!!」

 本人不在のまま送られる加藤への拍手。


パチパチパチバチバチバチパッチンパッチンポンポンゴッゴッパチパチパチパコパコパチパチ


 拍手ともいえないような音も響いたが、拍手は少しの間続き、そして止んだ。

2018/12/25 加筆修正

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