推参、独身貴族
鎌鼬の夜、その凄惨極まる惨劇より、一週間ほど経過した。
さて。ここ一週間ほど、塚田と連絡が一切取れなかった。何かあったのかと心配にはなる。まさか惨劇のキズが癒えずに身投げでもしたのではないだろうか。電話をしても出ず、スマホでメッセージを飛ばしても返ってこない。さりとて、わざわざ自宅に押しかけるほどの気力は私に無い。
塚田はああ見えても、ガラスのような精神を持っている。そして、砕けた心はガラスと同じように、そっくりそのまま再現することは不可能である。常日頃の厚顔無恥唯我独尊な蛮行は、そのガラスの精神を守るための仮面なのである。一度溶かし、再度形を整えてやらねばなら
大変申し訳ないが、私の筆がここで止まった。私は嘘を書くことの出来ない性分なのである。
塚田に限って言えば、身投げやらその様なことは断じて無い。ガラスはガラスでも、車のフロントガラスに用いられる合わせガラスのごとき、尋常ではない強度を誇る、叩いても殴っても砕けないガラスのハートだ。面倒くさいことを嫌がる塚田のことである。返信が面倒なだけに違いない。理由も無くそうであると私は確信する。
更に本日は土曜日であり、塚田のことばかりにかまけているほど、私は暇ではない。私にはゲームという趣味があり、ゲームによって土曜日を満喫するのである。連絡の付かない塚田に思いを馳せていても埒が明かないし、なにより一向に面白くない。
そんなことを考えながら、ゲームにて時間を殺していたが、唐突に空腹を感じた。ふと時計を見ると午後十二時過ぎ。そろそろ昼なのだから腹が減って当然である。腹に飯を入れるが先か、ゲームが先か。これはポアンカレ予想も真っ青な世紀の難問である。
しかし私は、強靭な精神力でゲームを選択した。何事にも優先順位は存在し、私の場合はゲームの優先順位がことさら高いのである。これが黒髪の乙女とのデートであればそちらを優先するのであるが、当然ながらそのような用事は影も形も無い。安心安定の平常運転である。大丈夫。泣いてない。
つまりはゲームなのである。
ともかくゲームなのである。
現在私のやっているゲームは、世代交代を繰り返しながら憎っくき仇敵を打ち倒すゲームである。親が果たせなかった宿願を、いずれ子孫が果たせるよう、能力や宝物を継承していくのが主要な内容である。その継承していくという過程が面白い。子孫が残る限りはゲームオーバーにならないので、子孫を残すことの大事さを痛感させられる。一寸「私は子孫残せるのか?」と思ったが、なに、今はゲームをすることが先決である、気にすることは無い。考えを変えよう。いや、むしろゲームの中ですら子孫を残せ
ピンポーン
私が自らに哲学的命題を課す直前に、家のチャイムが鳴った。思考を中断するのに渡りに船、いや違う。客人が来たのであれば、それを優先するしか仕方が無いではないか。いやぁ、参った参った。私は嫌な汗をかきながらドタドタと玄関に向かう。言い訳なのはちゃんと理解している。義理と人情が薄くなったといわれる現代ではあるが、そのことには一切触れないで頂くのが人情ではないか。私は優しい人が好きである。
颯爽とドアを開けた私の目前に、巨大なビニール袋三つが姿を現した。中からは芳しき匂いが漂っており、おそらく中身は牛丼であることが想起された。
ビニール袋を持っている手は巨大でやたらと毛深く間宮をイメージさせたが、手をたどって顔を見てみると予想は的中し、やはり間宮であった。
そして、間宮の後ろには久しく見なかった顔が並んでいた。
林、中村、片岡、加藤
彼らは中学高校時代の友人である。数年は顔を合わせていない、なんとも懐かしい面々である。最も会っていないのは林で、記憶を辿ると十年ぶりの再会である。塚田と間宮、そして私を加えれば、あの悪名高き、独身貴族円卓会議の面々の揃い踏みと言えた。
独身貴族円卓会議の面々揃い踏み?
久しく頭に上らなかった言葉で、私の思考は渦に飲み込まれた。
そんな私を尻目に、この羅刹たる独身貴族どもは、挨拶もそこそこにドカドカと我が家に乱入した。家主である私の了解を得ずにしてである。そして私がゲームをしている居間へ入って行き、ガサガサとビニール袋を広げるような音を立てた。奥から間宮の声で「あーそうそう。あとは塚田がきたら円卓会議始めるから!」と聞こえたので、ようやく思考の渦から開放された。
とりあえず塚田は生きているようで安心した。なんだやはり生きているのではないか、心配して損をした。貴様は本当に心配していたか? と問われれば、少し弁明させていただく時間を頂きたい。
と、同時に様々な疑問がわきあがった。しかしなぜ家主の私に断りもなく、円卓会議を行うのか。以前の化猫もそうであるが、家主の尊厳、権限なんぞ砂上の楼閣なのであろうか。なんで私ばかりがそうなのか。これは世間の常識なんであろうか。そもそも主催したのは誰か。おそらく塚田だ。秘密にしたいがため、連絡をよこさなかったに違いない。いつそんなことが決まったのか。私の与り知らぬところで私を巻き込むな。一言断りを入れろ。
しかし考えを巡らせる私の鼻を牛丼の匂いが撫で、私の思考は牛丼一色、肉一色となった。なによりも今は、目の前の牛丼である。
2018/12/25 加筆修正