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凄惨な、それこそ凄惨な

 鎌鼬という妖怪は、現在の岐阜県飛騨地方の妖怪であり、三匹の鼬が連なってやってくるという言い伝えだそうだ。


 一匹目が人の体勢を崩し、二匹目が鎌で斬りつけ、三匹目が薬を塗る。


 三匹目が薬を塗るために、血も出ず痛みも無いのだそうだ。


「なんで俺たちはモテないんだ?」


「なんで俺たちはモテないんだろうな……」


「なんで俺たちはモテねえんだあああああ!!」


 しかし間宮の言葉から発生した鎌鼬は、三匹ともが勢いよく斬りつけてくるという恐るべき妖怪であった。不意をつかれ、なす術もなく三回なますに斬られる私と貧乏神。その三回の攻撃で私達は、十分に戦意を喪失し、こうべ項垂うなだれた。薬も塗られないのでそれはもう痛く、血は滲まないが涙が滲んだ。


 その言葉は、おそらく間宮自身にも手厳しい斬撃となって襲いかかってきたのであろう。言葉を発するたびに手で宙を払う真似をしており、そして最後の言葉を発した後、床に突っ伏した。その少し後、いびきが聞えてきたところから察するに、そのまま寝てしまったようである。


 私は項垂うなだれながら貧乏神の様子を伺った。

 貧乏神の顔から水分が落ちるのを確認したが、それが涙なのかよだれなのか、はたまた飲料なのかまではわからなかった。


 間宮が言葉を発した時間は、ものの数秒であろう。しかしその数秒で、酒を酌み交わし、交友を深めたこの数時間は一瞬で無に帰した。何十年もかけて丹念に作りこみ築いてきた建造物が、戦争で爆破され瞬時に灰燼に帰した、そんな有様である。武力紛争は何も残さない。ただただ心が痛ましいばかりである。世界はなぜ平和ではないのか、と一寸問いたくなる。


 私は痛む心を強引に治め、頭を回転させた。


 普段の間宮はいきなりそのようなことを言う男ではない。

 ここに断言するが、私達はたしかに驚くほどモテない。それは客観的な事実であり、主観的にも揺ぎ無い事実であるが、我々はそれでも面白おかしく生きてきた。独身貴族の仮面を被り、自嘲しながらでも仲良く楽しく生きてきた。


 しかし今はそれら、独身貴族の仮面が剥がれ、崩れて落ちてしまっている。「女性にモテない」という事実が、非常かつ凄惨な斬撃となって降りかかってきた。


 例えよう。


 アクション映画で主人公をノシイカにするべく、両側の壁が押し迫るシーンがあったとしよう。我々には常にその壁が押し迫ってきている。モテないという壁である。

 常日頃は、独身貴族という仮面をつっかえ棒代わりに壁を防いでいた。しかし酒によりそれが割れ、見事なノシイカにされてしまった状態であるといえる。

 間宮は壁に挟まれ、一種のヒステリー、パニックを起こし自爆。そして我々に誘爆。結果、歴史上でも稀にみる、恐るべき大惨事を引き起こしたのである。やはり酒とは恐ろしい。


 貧乏神の顔からまた水分が落ちた。その後、ズルッと鼻をすする音がしたことから、鼻水であることが確定的に言えた。

 やおら貧乏神は、深呼吸を一つすると、すっくと立ち上がり、胸をはり、肩をいからせた。目には決意を秘めた光が浮かんでおり、その姿はさながら戦場に赴く将校、命をかけて戦う侍のようであった。

 貧乏神は、その神々しさすら感じる凛々しい姿のまま、一言も物言わず、部屋を出て行った。

 後に残された私はどうしていいかわからず、もう毛布を持ってきて、それに包まり眠むろうと思った。


 なおこの大惨事を招いた張本人に意趣返しがしたくなり、間宮の鼻の下に、油性マジックでちょび髭を書いたことをここに明記させていただく。

第四章 鬼・鎌鼬 -了-


2018/12/19 加筆修正

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