嵐の前の静けさ
間宮は実家暮らしを良しとせず、男たるもの親の脛をかじってはならない、という硬派な持論により絶賛一人暮らし中である。
しかし彼が住んでいるアパートは、彼の外見と正反対なお洒落な洋風白壁、そんな小奇麗な建物であった。例えるなら、女性誌に掲載される「出来る女の部屋、スィーツルーム特集」なんぞで出てくる建物である。
読者諸兄申し訳ない。うまく説明できないし、そんな特集があるとも思えない。要するに、今現在赤鬼に形容される厳つく男臭い間宮には、いまいち似合わない感じなのである。
青鬼はおぼつかない手つきで、ポケットより鍵を取り出し、自室への扉を開けた。
すぐさま私と貧乏神は、青鬼を部屋の中に投げ入れた。放り投げられた青鬼は、廊下にすっくとその両足で着地した。無論電気なぞ点いているはずもなく、暗がりの中に青鬼の巨大なシルエットが浮かぶ格好となった。程なくフラフラと室内に入って行き、沈んだ。ボフゥという音が聞こえたことから、ソファに沈み込んだものと思われる。
私と貧乏神は手探りで明かりをつけ、中に入ることとした。
彼の部屋は大きなリビングのほか、一部屋が併設されていた。リビングには大きなテレビがあり、その前にはソファ。家具も含め、全体的にベージュで構成され、こざっぱりとした印象を与える。掃除や整理整頓も行き届いているらしく大変住みやすそうでだ。
男の一人暮らしといえば、新種の茸が生えそうな雑然さを特徴とするが、茸どころか埃すら探すのは困難であろう。しかしキッチンには業務用と思われる巨大な冷蔵庫、そして大量の米袋があり、私は、あぁ間宮だなぁと妙な安心感を覚えた。
私の中で、一仕事終えた充足感と、酔っ払った気持ち悪さが鎌首をもたげた。
とにかく冷たいものでも飲んで一息つきたい。
貧乏神はどうだろう、と、そちらを見てみると、涎で顔半分を光らせながら、あらぬ方向を見つめていた。このままでは涅槃に旅立ちそうであるので、早々に気付け薬が必要と感じた。
私はとりあえず冷蔵庫を開けた。
家主に断り無く冷蔵庫をあける私も、大概厚顔無恥であると思うが、今は状況が状況なので罪にはならないであろう。
冷蔵庫の大きさから、豚一頭が逆さづりで入っているかと予想したが、中身は普通の食料群であった。しかし量は桁外れであり、一人暮らしとは思えないほどの食料が詰まっていた。そのつまり具合を言葉で表すならば四人家族用、もしくはボンレスハムと言えた。
水分も豊富にあり、スポーツ飲料、ミネラルウォーター、コーラなど選り取り見取りである。すべてが2リットルというのが間宮らしく、またもや妙な安心感を覚えた。
私はスポーツ飲料を手に取り、蓋を開け、そのまま口をつけ中身を胃にぶちまけた。
ごぶごぶと音を立てて私の中に飲み込まれる飲料。
そして私は息が続かなくなり、「ぶぇあ」という珍妙な言葉と共に息を吐き出した。
私は一息つくことが出来、生き返った。なお別に死んでいたわけではない。
貧乏神を見れば、先ほどと同じように涎で顔半分を光らせていたが、なぜか正座で微動だにしていない。そして瞳はやはり虚空を見据えており、すでに涅槃への片道切符を購入したようである。
なぜ正座なのかと疑問は浮かぶが、とりあえず私は貧乏神の目の先に、先程私の飲んだスポーツ飲料を差し出した。今まで虚空を見つめていた貧乏神の目が、それを捉えた瞬間、その瞳に野性味溢れる輝きを湛えた。
そして獣のような素早さでそれを私より強奪すると、ごびゅぼぎゅと喉を鳴らして飲みだした。正確には、飲んでいるのか口から溢れ出しているのか分からない有様で、顔半分を先ほど以上にぬらぬらと光らせた。
彼は「ぶろぁ」という奇天烈極まりない言葉と共に息を吐き出し、口から零れた水分を服の袖で顔をぬぐった。
一息ついた我々はリビングの床に座り込んだ。
私たちは「たまには飲みすぎることもあるよな。」と言葉を搾り出し、ばつの悪そうな顔で見合わせた。そういえば昔にもこんなことがあったような気がする。特に酒が飲めるようになった直前など、それが日常茶飯事だったように思える。昔からやっていることは変わっていない。仲のよい奴らでつるみ、遊び、笑い、呪う。
不意に間宮が「ぶるうぅぅぅん……」という外国産スポーツカーのエンジン音のような声を発し、起き上がった。
周りを見渡し大きく息を吸い込み吐き出すと、私たちと同じようにばつの悪そうな顔をした。そして冷蔵庫に行き、ミネラルウォーターを取り出すと、一気に喉に流し込んだ。2リットルほどの水が、ものの数秒で間宮の胃袋に飲み込まれた。この地球上にもブラックホールはあるようである。やばい。地球がやばい。
水を飲み干した青鬼は赤鬼に戻っていた。これで一安心である。
そして、赤鬼は私達を振り返り、やけに無邪気な顔でこう言った。
「なんで俺たちはモテないんだ?」
2018/12/19 加筆修正