表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/85

仮面使い

 私は常時被り物をして生活をしている、と、読者諸兄に申し上げたらどのように思われるであろうか。

 これは、私は常に下衆、高潔に限らず本心を隠し、社会や他者と軋轢を生まないよう、素の自分とは違う人を演じるために仮面を被っている、という意味である。


 頭にカツラを被っている、ということでは断じてない。


 もしカツラを被っている、と思われた方は今すぐ腹を切れ。


 私の頭髪は砂漠のごとき不毛な大地でも、戦争最前線のごとき荒涼たる焼け野原でもない。ただ少し森林伐採が進み、真ん中にため池が作られつつあるだけである。不毛の大地にならぬよう、海草をモリモリと食べ、刺激を与


 閑話休題。


 そして仮面を被っているのは私に限ったことではないと考える。

 むしろ私を含めて人間というものは、すべからく様々な仮面を被って生活している、と確信的に思える。

 本音と建前は少し違うが、大体あっている。おおよそあっていればいいのである。


 仮面を被る、具体的な事例をあげてみよう。


 友人の面白くも無い冗談には、大人の仮面をかぶって愛想笑いをしたり。


 下衆な上司には、江戸時代の悪徳商人風な仮面を被り、もみ手で褒め称えたり。


 意中の女性には紳士の仮面を被り、無礼の無い振る舞いをしたり。


 まぁこんなとこであろう。


 この話は読者諸兄、諸手を挙げて同意していただけると思っているし、また同意できなくともここは建前でかまわないので同意していただきたい。ここでも仮面を被って欲しいのである。


 ようするに、老若男女個人差大小はあるだろうが、人間とは自分の心の倉庫にある様々な面をその時々で使い分け、一番うまく立ち回れる仮面を被りながら生きている、ということだ。それが私の持論である。

 しかし人間とはミスをする動物である。手元が狂い、時に滑稽で洒落にならない仮面を手に取り被ってしまう時も、もちろんある。そう、例えば酒が入った時などは、その最たるものではないだろうか。


 仮面の被り間違いは時に、取り返しのつかないことになる、という例がある。これは友人の友人、の話しである。


 その男は意中の女性を食事に誘おうと思った。


 彼は独身男性であり、無論下心がないといえば嘘であった。出来ればその女性と今よりもう一回りほど仲良くなり、そのままお付き合いなんぞをしたいわけだ。


 しかし彼は大変不名誉極まりない爵位、独身子爵を賜るほどの独身貴族である。独身貴族の仮面を被っていると、牛丼屋で大盛りつゆだくを、ハムスターの頬のようにしつつかっ込んだりする。カレー屋でから揚げとトンカツをトッピングし、その雄大な光景に悦に浸ってしまったりする。


 普段の生活がそれでは、女性の好むイタリアンレストランなんぞ、頭の片隅にも浮かんでこない。そもそも彼には、パスタとスパゲティの差もよく分からない。


 そんな独身貴族の仮面では、なかなか女性を誘うことは難しい。


 しかし、彼も独身と冠がつくとはいえ貴族である。


 そこは意中の彼女のためならばと、努力を惜しまぬ正しい貴族の仮面を被った。評判のよいレストランを探し、優雅な物腰に気をつけ、彼女の好きな映画を探したり、と、涙ぐましい努力をした。彼は趣味であるゲームの時間を削ってがんばったのである。

 そして、運がよかったのもあるだろうが、努力は実を結び、デートの約束を取り付けた。


 デートの当日、その夜某駅前。予定時間の夜七時少し前。彼は待ち合わせ場所に到着した。時期は春先であり夜はまだ冷える頃であったが、彼の心は高鳴り熱いくらいであった。目に映る全てが愛おしく見え、この世の全ては今このデートのためにあると錯覚しながら確信し、そして全てのものに感謝をしたくなった。


 そして予定の時間ちょうど、意中の女性がやってきた。

 彼にとって初めて見る、彼女のプライベートであり私服であった。少し胸元の開いたシャツと緑のスカートを着用しており、とてもよく似合っていた。彼女の魅力を最大限に引き出したような、爽やかないでたちであった。

 彼の心に若干、下心が芽生える。しかし紳士の仮面を被っている彼は、下心が心をよぎったことなどおくびにも出さず、彼女をそれはスマートにエスコートした。道すがらにこやかに談笑し、デートの場所である、評判のいいイタリアンレストランに到着した。


 出てくる料理に舌鼓を打つ二人。


 さすがに評判がいいだけはあり、とても美味しい食事であった。


 美味しい食事は心を和ませ、少しの酒は人を饒舌にさせる。その間も彼は、学者の面、芸人の面、詩人の面なぞ使い分け、彼女を飽きさせぬよう務めた。

 二人はよく食べ、よく飲み、よく話し、よく笑った。

 そして二時間ほどして食事も終わり、あらかた話し終わった夜の九時。彼は彼女を家まで送り届けることにした。


 早っ!!と思われるかもしれない。


 確かに彼はその後、映画も予定していた。しかしそれでは彼女の帰りが遅くなってしまう、と考えたのだ。映画はおおよそ二時間ほど上映されるので、帰る頃には日付をまたぐかもしれない。 彼はあくまで紳士であり、女性への気遣いを忘れてはいなかった。

 濡れ場や色っぽい話しが無くて恐縮であるが、これは友人の友人の話なのだから、何卒ご勘弁願いたい。


 さて、彼女の家までは三駅ほどある。無論電車で帰宅をしても問題は無いのであるが、二人ともいささか酔っ払っているし、幸いにも帰宅方向は同じである。万が一を考え、タクシーで帰宅することにした。


 タクシーに乗り込み数秒後、彼女は酔いすぎたのか寝始めた。

 コロンと音がするような、可愛らしい寝方であった。スースーという寝息までもが聞こえた。


 彼はかわいらしいな、と思いながら、彼女を見やる。彼も男であり、というのが言い訳になるかは分からない。しかしどうにも、胸元からみえる肌色部分に目がいってしまっていた。不埒な所を見るのは決して紳士ではない。それは彼も分かっていた。しかし見ようと思わなくとも、そこが荘厳な引力を発しているのか、目が吸い寄せられてしまうのである。さらには酒も入っているので、その引力はことさら強力なのである。人は引力に逆らえないのだ。


 彼は最後まで紳士の仮面を被るつもりであった。彼女を無事に送り届けるのが、彼に課せられた本日最後の使命であり、無防備に眠りはじめた彼女は、彼の守るべき人である。しかし果たして。


 雌雄を決するべく、紳士の仮面VS酒と男性の本能が開始された。


 その勝負は開始二秒、紳士の仮面がKO負け。仮面は粉々に打ち砕かれ、即座にその幕を下ろした。彼の被っていた紳士の仮面は気持ちよく砕け、その下から見まごう事なきエロ河童の仮面が現れた。


 そして、その視線に気づいたのか彼女は目を覚まし、彼の目線の先にあるものを敏感に感じ、その寸刻の後に、彼の左頬には綺麗な手形がつくことになった。


 ここまで実に五秒ほどのことである。


 そうである。その手形がつくまでの短時間で、私、もとい、友人の友人の涙ぐましい努力は水泡に帰したのだ。

 その後どうなったかの詳細は書かないが、彼女の中の彼の株価が、バブル崩壊時のごとく急下落したことは想像に難くないであろう。


 長々と書いたが、酒が入ると普段見れない面が見れて面白くも恐ろしいことになる、ということである。酒とはかくも恐ろしい。

2018/12/19 加筆修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ