龍退治に名乗りをあげたのは
グラウンドでは、色とりどりのビニールシートが地面に絵を描き、並べられた様々な商品が混沌とした光景を浮かび上がらせていた。その雑然、混沌とした統一感の無さは一種の美しさは湛え、空から見るとさながら曼荼羅のように見えたかもしれない。
食器、服、カバン、家電、車用品、そしてなぜか等身大仏像まで並べられていた。
何か食物の焼ける芳しい匂いも漂っている。どうやら売店もあるらしい。健啖家の友人、間宮なんぞがこの場にいたらさも嬉しそうな顔をしそうである。間宮についてはまたいずれ書くことになるであろうが、今は置いておく。
ともかくフリーマーケットはもはや、ちょっとした祭りの様相を呈しているようである。
会場を歩き、改めて回りの人々を見回す。
走り回る子供と、それを眺める老人。
商品を物色しているおばさんと、ビールを飲んでいるおじさん。
微妙な距離を保つ中学生と思しき男女と、手をつないで歩く老カップル。
などなど多種多様な人々、参加者がそこにはいた。彼らの話し声、笑い声、足音が、ざわざわという音楽を奏でていた。その音楽は、私に子供時分のお祭りを思い出させた。
綿菓子など頬張り、さらにたこ焼きが食べたいと駄々をこね、色とりどりの水風船に目を奪われ、お面を被りヒーローになりきり、好きな女の子を見つけてしまい物陰に逃げ込む。そんなあの頃のお祭りである。
ふと思い立ち、私は売店でビールを購入し一口飲んだ。綿菓子を頬張っていた子供も今は立派な大人であり、綿菓子ではなくビールを選んだ。我ながら年を取ったな、と思い空を見上げた。そこには晴れ渡った空が広がっていた。
あてどなくフラフラと野良犬のようにほっつき歩いていると、屋根に大きく「運営本部」と書かれたテントを見つけた。誘ってくれた貧乏神こと塚田には、ちゃんと挨拶をしておこうと思い至った。なかなか好評なイベントであり、彼の手腕も友人として誇らしいことを伝えようと思った。私は「友人たちはバラバラなり、思い思いに遊んでいる。」と、頭の中で何度も何度も繰り返しながらテントに向かった。何事にも事前準備と練習、そして少しの言い訳は大切なのである。
運営本部のひょいと除くと、そこに貧乏神はいなかった。
代わりにぬらりひょんがいた。
初見の方を一目で妖怪ぬらりひょん、と判断する失礼は重々承知である。しかし、秒ごとにぬらりひょんであると確信せざるをえないのだ。
外見がなんと言っても、ぬらりひょんなのである。禿げ上がり妙な形をした頭と、頭とは不釣合いな小さい体を質のよさそうな着物で包んでいる老人、がその全てである。そのあまりのぬらりひょん具合は、あのぬらりひょんです、というのがもっとも伝えやすく分かりやすい。読者諸兄、ぬらりひょんを視覚的に想像していただきたい。そう、そのぬらりひょんがそのまま眼前に存在するのである。テレビから抜け出てきた、と言う言葉があるが、まさにそれが眼前に繰り広げられているのである。
ぬらりひょんは「塚田」と書かれた名札が置かれた机に座しており、机上の紙に目を通していた。なるほど、この人がフリーマーケットの発起人であり、塚田の父なのだろう。私は塚田の父に会ったことが無かったので、失礼ながら息子に似ている箇所を探した。結果、貧乏神と似ている所は見つからなかったが、ぬらりひょんに似ている所はたくさん見つかった。
そう思ったのを知ってか知らずか、ぬらりひょんは私に気がつき、顔を上げた。
にこりと微笑み、「楽しんでいますか」とぬらりひょんは私に問いかけた。声まで、あのぬらりひょんだった。私の中での、ぬらりひょん指数の針が振り切れた。危うく口がニヤリとしそうになったが、何しろ友人の父である。失礼があっては塚田の面目が立たなくなる。私は威儀を正し、咳払い一つ「楽しんでいます」と伝えた。
ぬらりひょんは妖怪の頭目、総大将なのだと聞いたことがある。表をみれば黒山の人だかり。フリーマーケットは大成功といえるであろう。これだけの人間を集め、イベントを成功させるのであるから、名に恥じぬ、見てくれに恥じぬ実力の持ち主であることが、容易に想像できた。
さりとて悪友である塚田のいない運営本部で私がやることと言えばなんであろうか。そう、全く思いつかない。私は塚田父に挨拶をし、そそくさとその場を離れることにした。
テントから出ようとした時、会場の隅から何かが現れ、周りが急に騒がしくなった。どうやら何かが始まったらしい。太鼓や喇叭、シンバルと思われる音が聞こえ、周りの喧騒にさらに大きな音を加えた。
見えるところまで進んでみると、龍が踊っていた。正確には、龍のハリボテを動かしている四人の男たちがいた。四人は獅子舞のごとく龍の腹に腕を突っ込み、激しく上下に動かしあちこちを練り歩いていた。あとは爆竹があれば、さながら中国や台湾のお祭りのようである。龍は会場中を練り歩き、ある時は人々を脅かし、またある時は子供に怒られ一目散に退散し、周りに脅威と愛嬌を振りまいていた。これはなかなかに立派な催し物
である。
龍はさらに、動きを激しくし舞い踊っていた。周りの人は歓声を上げていた。
そんな時、龍に立ちはだかるものが登場した。まさかの等身大の仏像であった。眼前に繰り広げられる仏、対、龍。言葉と状況説明に困る場面、ここに極まれりである。
仏像を後ろから抱えて動かしているのは、やけに長細く胡瓜に酷似した男であった。仏像はなかなかに重いのか、えっちらおっちらと左右に振れながら動いている。
仏と龍の対決。結末が全く予想できない対決である。
暴れる龍と、これまたかなり重そうに暴れる仏。
予定されていたものなのか、突発的なものなのかはわからない。しかし迫力はなかなかにあり、周囲の子供は歓声を上げ、またそれが仏と龍の動きをさらに激しくさせていく。なお仏は暴れないだろうという突っ込みはご勘弁願いたい。私は眼前に広がる光景を、可能な限りそのまま描写するのみである。
どれほど仏と龍が暴れたであろうか。そろそろこれにも飽きてきた時である。
仏像を動かしている細長い男がいい加減疲れてきたのか、仏像を立てて地に置いた。すると、仏像はそのまま細長い男に倒れこんだ。巻き込まれるように押し倒される細長い男。砂誇りが少し舞い、男の顔に体に砂が舞い降りる。
そして「龍が勝ったぞー!」と、どこかの子供が歓声を上げ、それを合図に竜が舞い踊った。それと対比して、蛙のように押しつぶされた細長い男が、悲惨な哀愁をかもし出していた。
なんとも尻切れ蜻蛉な終わり方であるが、まぁ子供たちが喜んでいるのでよしとしよう。勝負あり、である。
今回のことで分かったことがある。貧乏神が、有益な情報、と後ろ置きをすると、貧乏神自自身に碌でもないことが起きる。私はこの事実を深く心に刻みつけた。そして「まぁやつも生きてはいるだろう」と楽観し、さしもに飽きてきたので会場を後にすることにした。
ふと空を見上げた。そこには照れ隠しでもしているのか、太陽に少しだけ雲がかかっていた。
第三章 貧乏神 -了-
2018/12/17 加筆修正