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ことの始まり

 私は決意した。必ずや妖怪どもに、一矢いっし報いねばならぬと。


 ……。


 かつて麒麟児きりんじと呼ばれた子供がいた。


 幼い頃から頭脳明晰、成績優秀。夏休みの読書感想文では賞を受賞したこともあった。学業の飲み込みが早く、それを応用も出来、その優秀さは目を見はるものがあった。

 末は博士か大臣か。それとも医者か弁護士か。両親親戚、周囲の期待は極めて高かった。


 中学に入ると麒麟から天狗に変化し、自分の優秀さを自覚する、鼻高々のクソガキとなった。

 学業の成績は小学校の頃ほどではなかったが優秀であった。しかし同級生、教諭問わず口論をし、そのことごとくを打ち負かす素行の悪さもあった。


 その天狗は高校、そして大学と進学をするにつれ、その高い鼻が邪魔をし、勉強をしなくなっていった。勉強時間の減少に比例し、それまでの優秀さはなりを潜め、成績は徐々に、そして着実に地面へと近づいていった。


 しかし彼はその現実を受け入れず、麒麟児の栄光を自分の中で守るため、更に天狗の鼻を雄々しく伸ばしていった。

 優秀でもないのに鼻っ柱だけは高い。世の人々はそういう者を、鼻持ちならぬヤツと呼び、周囲からは人が離れていった。

 それでもなのか、だからなのか。彼の鼻はどんどんとそびえ、高くなっていった。麒麟児という栄光は彼の心を捉えて離さなかった。


「私は普通の人とは違うのだ」それは彼の心の叫びであった。


 その天狗が就職活動をした時、それは長引く不況の最中であった。

 彼もそのあおりを受け、大学卒業が目前に控えても就職先は決まっていなかった。確かに時勢もあったが、その高い鼻が邪魔をしていたのも事実と言えた。成績は地べたにへばりついているのに、理想ばかりが高く、名の知れた大手を好んで受け、そのことごとくから、不採用通知で今後の活躍をお祈りされていた。

 

 彼は就職の決まらない辛さから、断腸の思いで天狗の鼻をバッキボッキと折り理想との折り合いをつけた。そしてなんとか、製造業を営む企業に内定をとりつけた。


 就職してからも、天狗の鼻は未だ彼の邪魔をしていた。


 その鼻が災いして、仕事は全くうまくいかなかった。バッキボッキと折ったといえど、普通の人と比べれば、依然鼻っ柱は高かったのである。

 上司にはうとまれ、同僚とはソリが合わず、取引先や下請け企業からは嫌われる。と、なんともうまくいかない。

 社会の荒波に揉まれ、職に就いて一年で天狗の鼻っ柱は更にバッキボッキと強制的に折られていった。


 月日は流れ、その天狗は日々総務で汗を流す、三十路間近の男となった。

 役職は緑化責任者代理補佐。主な職務内容は工場内の草木への水の散布、そして草むしり。これ以上無い閑職である。


 現実との軋轢か、それとも遺伝の法則か、その男は若くして頭頂部が薄くなり始めた。このままずんずんと突き進めば、十年も経てば立派な河童になるであろう。


 古今東西、妖怪物の怪の類は数あれど、四半世紀ほどで麒麟、天狗と変化し、さらに河童に予約を取り付けた例はそれほど多くは無いであろう。いや、それとも麒麟は河童になる運命なのであろうか。妖怪漫画の大家たいかであっても驚嘆する事実に違いない。


 さて、ここまで読み進めていただいた御仁には、その河童が私ということが、直感的にお分かりいただけただろう。

 分っていただきたくないのが本音ではあるが、とにもかくにも、これは私の話なのである。


 果たして私は「普通の人とは違う」ということを、妖怪変化になることで証明してみせた。しかし過去を振り返り、そして現状をかんがみれば、「これならば普通の人がよかった」と切々に思う。


 更に追い討ちを掛けるかのように、私の近しい人々は妖怪変化、その片鱗を見せる者たちがやけに多いのである。一体全体何故であろうか。妖怪同士はひかれ合う運命だ、とでもいうのだろうか。


 妖怪物の怪に裸足で蹂躙される私の人生。その有様をここに綴ろうと思う。

2018/08/15 加筆修正

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