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第8話 ジャンク屋へ行こう

 チーズ…………。


 それはエリクサーと同じくらい、蠱惑的な響きだ。


「……い」


 名前だけではない。濃厚な香り、触れた時の柔らかさ。何より、口に入れた際の、あの、とろけるような味わい。


「お……ト……」


 街特産のパンにかけられた大量のチーズは今も、口の中を甘やかにとかしている。噛めば噛むほど芳醇な風味が広がり、この上ない幸せを与え……


「ッおい! 聞いてんのか、ラット!!」

「んぐっ!」


 名前を叫ばれ、ラット・クリアノートは、夢から覚めた。


 むせる。早朝の爽やかさが残る街の食事処に、耳障りな雑音が響き渡るのを止められない。


「ちょっと大丈夫?」

「水飲んで、水!」


「リーダーが大声出すから」


「いえ、僕の不注意です。昨日遅くまでアイテムをいじっていて、ついウトウトしてしまいました」


 弓使いから差し出された水を飲み、ようやく落ち着いた。


 溜飲を下げてくれた剣士が、改めて口を開く。


「だから、本当に一緒にギルドについてこなくていいのかって訊いてんだ」


 王都に向かって最果ての村を出発してから、一つの月とその半分が経過していた。幾つもの野営地を後にし、この風車の街ヴィントミューレに辿り着いた。


 ヴィントミューレは製粉が有名で、その粉を使った料理は正に逸品。冒険食に飽きていたラットたちは、料理を目当てに、最後の野営地を朝日が昇ったと同時に後にした。


 まっすぐに入った食事処で、食べながらこの後の予定を相談するはずが。不覚にも、脱落してしまった。


 本題に戻ろう。


「アレを倒せたのは、皆さんの力ですから」


 自分は大したことはしていない。


 あの熊型の魔物……


――前の戦争で猛威を奮った魔王軍の魔獣兵器――


 倒せたのは、この四人がいてこそだ。四人の勇気。特に、剣士の勇気には、胸を打たれるものがあった。だからこそ勝たせたいと強く思い、全力で協力した。


 そう。勇者パーティのアイテム係として、ただ力を貸したに過ぎない。名声も報酬も、彼ら冒険者たちだけのものだ。


「お前がいいなら、いいけどよ」


 何か言いたげな様子を見せながらも、剣士はラットの意思を尊重してくれた。


「そんじゃ、戻ってくるまでの間、観光してたら?」


「倒した魔物の素材を売るでしょ。武器にルーンを刻んでもらうでしょ。やること盛りだくさんだものね」


「アイテム屋にも寄りたいし」


「アイテム屋なら僕も一緒に、」

「いや、オレたちだけでいい」

「え」


 言葉がうまく出てこなくなる。


 ――お前の手持ちのアイテムをオレたちが自由に使うのは違うだろ。


 使ってもらう気満々だったラットをそう抑え、旅の間、剣士たちは行商人からアイテムを買ってきた。


 選定のポイントだけでもと都度目利きし、間違いのない逸品を購入させてきたと自負しているが、何か不備が?


「いつまでもラットに選んでもらう訳にはいかないわよ」


「おかげさまでアイテムの種類とか効果とか使い方とか、色々覚えたからね。いざ実践の時さ!」


「まあ見ててよ。俺らは俺らで戦略を考えてるんだ。今にラットをあっと言わせてやるから」


 不備、ではなかった。


「伝説は、もう始まってるんだぜ?」


 剣士がにやりと笑う。


「……そうでしたね」


 笑い返す。彼らの成長は、とどまるところを知らない。


「では、お言葉に甘えてぶらぶらすることにします」


 そうと決まれば、どこに行こうか。


「ラットが行くなら、ジャンク屋だね」

「じゃん……? 何それ」


 槍使いに向かって、弓使いが首を傾げる。


「アーティファクトは知ってるか?」

「あー?」


「勇者の世界である勇界ヴァリオンから伝わった科学という技術を、魔法の学問である魔導学と組み合わせたのが魔導科学。そこから生まれた人工物よ。科学で機能の一部を代用することで、魔力の消費を抑え、より効果的に魔法やそれに類する現象を起こすことができると言われているわね」


「さすが魔法使い。博識だね。そう、そのアーティファクトを売ってる店が、ジャンク屋さ」


「レアアイテムっぽい響きなのに、ジャンク屋なの?」


 弓使いの疑問を、剣士が豪快に笑い飛ばした。


「アーティファクトっつっても、実際は訳わかんねぇ代物ばっかだからな!」


「いや〜、ほんとそうなんだよリーダー。俺はこの街出身なんだけどさ、ここのジャンク屋はとりわけすごいんだ。アーティファクトが店の外にまでゴロゴロ転がってて、もうごっちゃごちゃ」


「つい最近似た光景を見たわね」

「張り紙ベタベタVSゴロゴロかー。いい勝負できそ〜」


「中身は断然ラットの勝ちだね。ラットのアイテム屋には、無駄なものなんて一つもない。一方のジャンク屋には、無駄しかない。今は店主の娘さんが後を継いでるんだけど、その店主の頃はとにかくやばかった。頭いいのにくだらないものばっか発明しちゃって、街中が噂してたね。あの博士は――」


「大天才ですね」

「そう、だいて……大天才!?」


 槍使いに鼻息を荒くして同意する。


「素晴らしいです。次から次へと宝物を生み出して」

「宝物!?」


「宝物に決まってるじゃないですか。アーティファクトですよアーティファクト! 人類の叡智を溢れるほどに発明できるなんて、大天才以外の何者でもありません。ああ、思い出します。僕とアーティファクトの出会いは――」


「お見事! やっぱりラットはお目が高い! 変わり者……大天才が生み出したガラク……宝物の価値が、ラットならわかると思ったよ。はい、これジャンク屋までの地図。俺たちは先に行くから、また後でね!」


 そそくさと席を立たれる。アーティファクトとの感動的な出会いを語りたかったが、時間には勝てない。


 仕方ない。



 残りのチーズを堪能した後、追いかけるように立ち上がる……と、視線を感じた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


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