第38話 勇者パーティご贔屓の宿屋
「ふ〜、久々の町だぜ〜」
「リオン、ここは村だね」
長閑な村――ラインブリースを見て、リオンが笑う。ロックとの戦闘で遠回りを余儀なくされたラットたち。道中に存在するこの村で、物資の調達をすることとなった。
村へ入る直前、ラットは一度立ち止まる。
(ここに来るまで、一度も襲撃がなかったな__)
王都を出てから一か月半。魔物との戦闘は何度もあった。しかし、あると思われていたロックの襲撃は、終ぞなかった。
ある考えに辿り着くが、
(まさか……ね)
すぐに改めた。
「どうした?」
リオンが横に並ぶ。口調は気安い。〝店員と客〟の距離から、すっかり〝仲間〟の距離だ。そしてそれは、ラットも。
「ううん……」
ふと、リオンの奥にいたミルに視線が止まる。
ミルはラットの視線に気付いていない。
青い空。
澄んだ空気。
黒髪を風に遊ばせるミルの姿に、少しだけ、目を奪われた。
「綺麗だね……」
しまった。
「そうだな~、綺麗だよな〜」
「ち、違うよ! いや違くはないんだけどっ」
「綺麗じゃん、山、草原、花畑……何が違うんだ?」
「そういう意味じゃなくてっ、……山?」
「王都は賑やかで俺は好きなんだけど、こういうのどかな村も心が洗われる感じがしてさ。
う~ん、いいよなあ〜!!」
リオンは深呼吸をしながら、空気のおいしさを存分に語る。
危なかった……。
訂正はしないでおこう。
そんな会話をしながら、宿屋の前にやってくる。
「ここだよ」
中へ入る。
木の床が軋み、奥から香ばしい匂いが漂ってくる。まだ明るいのに、既に夕食の準備が始まっているようだ。
「いらっしゃいませ〜!」
三人に気付いたのか、ハツラツな声を出しながら、奥から女性がやってきた。頭の高い位置で結わえられた、腰元までの波打つ栗色の髪が、給仕服の淡い赤色の裾と共に揺れる。現れた同い年くらいの彼女に、ラットは頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
「あっ、ラットさんじゃないですか!!」
ラットの顔を見て、女性の声と、そして翠色の瞳が大きくなる。そう、彼女に会うのは初めてではないのだ。
「あれ、今回は勇者さんたちじゃないんですね?」
普段と変わらない様子でヒーロの名を呼んだ彼女に、悟る。田舎の村だ。まだここまでは指名手配が行き届いていないらしい。
(いや、そもそもヒーロがシュトルムに向かっているのは知られているんだっけ__)
王都を出てからしばらくした後、マナベルが使用できるようになっていることに気付いた。ヒーロとの通話の中で、彼は騎士や賞金稼ぎたちが毎日のように襲ってくるとぼやいていた。
それだけ襲われていれば、進んでいる方向など、王都側は認識しているだろう。あえて真逆の田舎村に、急いで指名手配する必要などない訳だ。
頭の中で自己解決した後、ラットは返答する。
「その節はお世話になりました。今はこの三人で旅をしてまして。今日は宿泊をお願いします」
「もちろんですよ〜」
女性はそう笑顔で歓迎すると、受付を始めた。
(知り合いなのか?)
小声で訊いてきたリオンに頷く。
(ヒーロたちとラインブリースに来る時は、決まって利用してたんだ。ラインブリースの宿屋はどこもハズレがないんだけど、ここは特に料理が絶品でね)
あまりの美味しさに、転移門を利用して事あるごとに何度も訪れたものだ。
「勇者さんたちにはご贔屓にしていただいているんですよ〜」
聞かれていたようだ。
満面の笑顔に、リオンは少し照れくさそうにしている。
ラットは手続きをする彼女を見ながら、気付いた。まだ、二人を紹介していなかった。
「紹介がまだでしたね。ポニさん、こちらは今の旅の仲間のミルとリオンです」
「ミル・テクノ……」
「リオン・スマイトだ」
「こちらがこの宿の娘さんで、看板娘のポニさんです」
「ポニ・アルベルです。よろしくお願いします」
__ぴい
そこへ一羽の小鳥がやってきた。
「チリリもご挨拶したいの? 皆さん、こっちはチリリです」
小鳥――チリリを肩にのせながら、ポニは丁寧にお辞儀をする。ぴい、と名乗るように鳴いたチリリに、微笑むポニ。陽光を反射する栗毛が彼女の笑顔を煌めかせ、ラットとリオンは、揃って目を細めてしまった。
「ラットさん、看板娘だなんて。あまりからかわないでくださいね」
__からかってなどいない。
料理だけではなく、ポニを目当てに来る者も多い。事実、宿屋の男性客のグループが、くすくすと笑う彼女に見惚れている。紛れもない、看板娘だ。
受付が終わり、部屋へ向かおうとすると、ポニが呼び止めてきた。
「少し早いですが、よかったらお食事はどうですか? 今なら空いてますし、搾りたてのミルクもありますよ」
「ミルクっ!?」
__ミルがその言葉に反応した。
この宿屋の食堂は、宿の利用客以外にも開放されている。人気の食堂だ。食事時となれば、戦場となる。
「二人ともいかがでしょうか?」
「俺はいいぜ!」
リオンも即答した。ラットとて異論はない。しかし……
「武器……早く整備しないと…………」
「あ〜」
ミルの暗い声に、リオンが思い出したように呟く。
そう。
ミルの武器はロックとの戦闘でかなりのダメージを受けた。ロックと戦えるのは、ミルの機動力があってこそ。いつロックの奇襲があるかもわからない状態では、大きく分解して整備するにはリスクを伴った。
故に、簡単な整備に留め、数々の魔物との戦闘を騙し騙し切り抜け、何とかここまでやってきた。だが、それももう限界だ。ガントレットの関節の軋み、内部機構、細かな歪み。いくつも残っている。いつまた戦闘になってもいいように、宿屋に着いたらすぐに整備すると、話していたのだ。
これほど動揺しているミルは初めてだ。
ミルク……武器……ミルク……。
ぶつぶつ呟きながら、食堂と部屋、どちらへ進むか右往左往している。
「ポニさん、部屋へミルクを持って行きたいのですが、構わないでしょうか?」
ラットの一言を聞き、ミルが立ち止まった。
「ふふ、いいですよ! ご用意しておきますね」
ポニは笑顔で了承してくれた。
「ラット……」
心なしかミルの表情が柔らかく見えた。
「よかったな、ミル」
リオンの顔も晴れる。
*
ミルクを注文後、ラットはミルの部屋へと行き、マジックバッグから武器を整備するための工具や部品を並べた。魔機師用の器具が机いっぱいに広がる。
「これでいいかな? ミルクは準備ができたら運んでくるね。ここのミルクは格別だよ」
そう言い残し、部屋を出ようとする。
その時__
「ラット、ありがとう……」
とミルが口にした。
「こちらこそ。食堂で待ってるね」
ラットは返事をした。
いつも素敵なアーティファクトを造ってくれる。
戦闘では前衛として体を張ってくれている。
感謝しているのはこちらの方だ。
そう思いながら部屋を後にした__。
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