第37話 刹那の攻防
どの程度、時が過ぎただろう。
ラットたちは交代しながら、外の様子を窺っていた。
__待つ。
ミルの手当てを継続し、アイテムや装備の確認をしながら。
ロックが来るのを、待つ。
いつでも行動できるように、常に気を張り続ける。
耳を澄ませる。
風が草を撫でる音。
その中に、微かな違和感が混じった。
「……来ます!」
影が揺れ、ロックが姿を現した。先程より距離は近い。様子を探るために出てきたのがわかる。
リオンの目付きが変わる。
「本当にきた……!」
時間が経過し、強化ポーションの効果も切れている。
ラットは改めてミルとリオンの速度を、そして感覚を強化した。
「勝負は一瞬です」
そして訊く。
新たな仲間へ。
「お願いできますか? ――リオン」
リオンは目を見開いた後、顔を緩めた。
震えを握り潰した手で、剣を構える。
「やってやらあ! ――ラット!」
頼もしい笑みに、応えた。
「全力で戦ってください。僕が支えます」
ロックの気配が、徐々に近付いてくる。
寸前まできた、その時。
「今です!!」
ミルが弾丸のようにマジックバックから飛び出す。リオンも後に続き、踏み込む。一息でロックに迫る。
__ロックは警戒を怠っていなかった。
証拠に、ミルの突進は足で、リオンの剣は銃で払われた。
だが、近距離かつ死角からの強襲。対応が若干だが遅れたことにより、バランスを崩す。
「くっ!」
堪らず後退する。
影に身を滑り込ませようとする。
瞬間、ラットは準備していた玉を上空に投げた。
爆ぜる光。
消え去る――影。
ロックの逃げ道が、閉ざされた。
「ここっ!」
ラットが怯んだ一瞬の隙を、ミルは見逃さなかった。一発二発と拳を打ち込む。しかし、三発目四発目は、銃で防がれた。
「ぐっ、この数発で肋が……なんて力だ」
ダメージを受けながらも攻撃を読み始めるロック。
「もうそれはもらわないぜ、お嬢さん」
彼が余裕を取り戻し始めた時、踏み込んだ。
――リオンが。
「うおおおおおっ!!」
当然のように反応するロック。
だが、肋の痛みを引きずって。動きに、無駄が生まれる。
結果、ロックが銃で受けるよりも。リオンの剣の方が、僅かに、速かった。
ロックの腕から、血が飛び散る。
「ぐっ」
光が薄れ、戻ってきた影に、そのまま逃げるように退却する。
「リオン、今の内に!」
リオンと共にマジックバックへと飛び込む。ミルに後を任せて__。
持ち手を首から下げ、ミルが飛翔する。ミルとリオンが負わせた手傷により、ロックの片腕は封じられた。もう片方の腕のみで銃を構えるが、追撃の精度は落ちている。跳ぶミルを捉え切れない。
しかし、このまま逃げることはできない。
「このまま……港へ抜けるのは危険ですね」
精度を落としつつも、徐々にだが順応してきている。
このままではいつ撃ち落されても不思議ではない。
それに__
「何とか射程外に逃げ切れないのか?」
「このままいく」
「いえ、森へ入り射線を切りましょう。街道を外れて別の街を経由します。ミル、進路を北へ変えて!」
ミルは平然としているように見えるが、やはり無理をしている。
ロックの射程は長い。
今、射程外に逃げたとしても、この開けた平地はしばらく続く。
ミルが戦闘不能になり、もし追い付かれたら今度こそ……
「……わかった」
ミルは進路を切り替え、北の森林地帯へと入っていく。
切れる射線。
後を執拗に追いかけてきた銃声は、やがて止んだ。
*
王都での騒ぎは勇者が逃走したことで、沈静化しつつあった。
勇者は森の中へ消え、大勢の騎士たちが次々とそれを追う。残された王都の人々がざわざわとどよめいていた。
北門の上。
暗殺者は斬られた傷口を押さえ、壁に寄りかかりながら魔具を取り出し、空へ光弾を放つ。それは高く上がり、弾けた。しばらくして、遠く王城の方角から同じ光が輝く。
暗殺者はマナベルを起動した。
「ロック、聞こえますか?」
少し間があって返事がくる。
「あんたか、美女ならなあ~」
「冗談を言っている場合ではありませんよ。こちらに勇者が現れました。さすが勇者ですね。私一人では敵いませんでしたよ」
ロックの声が重くなる。
「やはりシュトルム方面へ向かったのか」
「ええ。合流できますか?」
短い沈黙。
「いや、俺はラットを追うかな」
暗殺者が僅かに息を吐く。
「確か勇者パーティのお仲間ですよね。勇者を追わなくていいのですか?」
「ラットは厄介だ。強い奴と一緒にいる時のあいつはほんと手がつけられないんだよ。まだ戦力が整っていない、今がチャンスなんだよね~」
「私は依頼されていないので付き合いませんよ。このまま勇者を追います」
「悪いね~。すぐ終わらせて合流するよ」
ロックは軽く返答する。
「そこは構いません。お互いの考え方の問題ですから。それよりも……」
暗殺者の声が低くなった。
〝なぜ、勇者の能力を黙っていたのですか___〟
威圧するように言葉を発する。
(__なぜだろうな。別に忘れていた訳じゃない。言わなければならない……そういう考えに至らなかっただけだ。言われてみれば、伝えるべきだった)
「ごめんごめん。パーティでは当たり前すぎてさ。常識? みたいな感じで伝えるって発想にならなかったんだよね。今度、埋め合わせはするからさ。許してよ」
ロックはふと湧いた疑問をしまい込んだ。
「はあ、せめて勇者の情報を教えてください。能力や戦闘スタイル、あと性格も。付け入る隙はありませんか?」
度重なる軽口に暗殺者も深い溜め息を漏らした。
「ヒーロの戦闘の根幹は風詠みっていう魔力の形状変化だね」
「あの忌々しい風ですか」
「だね。常に展開していて、数百メートル規模を感知できる。この風詠みを起点にカウンターをしたり、相手の攻撃をよんで挙動を潰したりするのが、あいつの戦闘スタイルさ。魔法を纏うから斬り合いも分が悪いよ」
「そうなると、奇襲の隙はないですね……」
「そうでもないさ。風詠みは形こそわかるが、質感や、フードや鎧の中までは特定できないからね。つまり、町民や騎士たちに紛れれば奇襲できるって訳さ。あと、毒も有効かな」
「風詠み自体を防ぐことは?」
「無理だね。それこそ素が魔力だから、魔力を発散させる放魔の水の雨を降らすくらいとんでもないことをすれば、数十秒は消すことができるだろう。だけど、そんなことしたって、向こうは少し魔力が削れるだけ。非効率さ」
「少し?」
「要は探知効果のある魔力を薄~く伸ばしてるだけ。空気にちょっと埃が混じってるとか、そういうレベルだからね」
「だからですか。私のマジックモノクルになんの反応もなかったのは……」
「無理無理。あれはある程度濃くないと。風詠みくらい薄ければ、ないものと同じさ」
「性格は? お喋り好きだとお見受けしましたが」
「仲良くなりたがるからね。俺みたいに美女とだけじゃなくて、野郎ともお子様ともご老人とも。誰でも平等に好きすぎて、いざこざを見つけては首を突っ込まないと気が済まない性分なのさ」
「難儀ですね。勇者らしいと言えばそうですが、この世界でよくそれで生き残ってこれましたね」
ロックの声に、微かに笑いが混ざった。
「まっ、根っからのお人好しってこと。だからこそ、いがみ合っていた様々な種族をまとめ上げることができたんだけどね」
勇者について聞き終えた暗殺者は、マナベルを鞄に仕舞う。
そして、勇者が逃げていった方角をじっと見つめていた__。
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