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第35話 逃げない理由

 戦況は、ロック・スネイクの予想外の展開だった。

 ロックの魔銃は射程が長い。射程において、他の追随を一切許さないほど。この距離ならば、一方的に攻撃することができる。

 いくらラットと言えど、この開けた場所だ。近付くまでに、ロックなら確実に捕捉できる。捕捉してしまえば、撃ち抜くだけ。簡単な作業だった。


 __そのはずだった。



 最も予想外だったのは、傍にいる黒髪の少女。

 この少女が、とにかく速い。動きこそ、まだぎこちなくはあるもののスピードだけでいうなら数多の戦いを潜り抜けたロックの中でも、勇者パーティのラピ、魔王軍四天王のネーシスに次ぐ速さといっても過言ではない。間違いなく、見た目のままの可憐な少女ではなかった。一瞬でも攻撃の手を緩めれば、一気に距離を詰めてくるだろう。


 ラット。

 相変わらずの判断力。少女を囮に攻撃を引き付けさせ、煙幕で障害物を作り、前衛を送り込もうと行動する。



 ___手強い少女と、ラットの行動。

 その対処に追われたせいで、寸前まで気付けなかった。


 もう一人の青年の姿を見ていないことに__。


 影に射す光。


 ――剣。


 襲いきた刃を危ういところで躱す。

 絶えない斬撃を長い銃身で受け止める。


 防ぐ。

 防ぐ。

 防ぐ!


 刀身に響かせた一撃で剣戟が途切れた瞬間、踏み込んだ。

 蹴った感触は、しかし硬い。


 防がれた。剣で__。

 全力で蹴り飛ばし、飛び退く。開く距離。

 同時に、銃口を向けた。


 逸れる弾道。

 刹那の弾さえ、弾かれた。


 風が、ロックの目の前をふわりと捲る。

 黒い外套から現れたのは、ラットのもう一人の仲間。

 ――赤茶色の髪の青年。


 思わず、笑った。


「君、若いのにすごいね」


 弾を刀身に当てる反応速度にも驚いたが、何よりピアスレイを弾いた。本来なら武器を貫通し、対象を撃ち抜くピアスレイを……だ。

 目の前の青年は無傷で、武器は折れてすらいない。


「ミルさんとラットくんのおかげさ」

「それは……カメレオンマントか」


 一度羽織れば、たちまち背景に溶ける。草地の色と同化し、目視では捉えづらくなるアイテムだ。


「煙幕は囮か。最初、煙幕に潜り込ませることで、その中に潜んでいると思わせておいて、別の方法で近付ける。ラット自身は煙幕を作り続けることで、本来の君の位置から意識を反らしていた訳だ。謎が解けたよ」


 やはり、ラットは侮れない。


「それにしても、すごいよ。俺だって接近戦は比較的得意でないとは言え、下手なA級冒険者より強い。それをここまで優勢に進めるなんて、大した剣の腕だ」


「最高の武器を造るには、まず使い手の感覚を知らないとね」

「造る?」


 と、いうことは、


「君は鍛治師か何かかい?」


 青年が口角をつり上げる。


「リオン・スマイト。最高の鍛治師になる男だ」


 冒険者かと思ったが、まさか鍛治師とは……。


「ロック・スネイクだ。握手はしないぜ? 野郎とは仲良くしたくないからな」


 仲良くするのは、美女だけと決めている。


「リオンくんは、好きを極めたいタイプか。まるでラットだね」


 だからこそ、わかる。

 油断できない。


「なんで魔力を纏わせない?」


 その身体能力に魔力を加えれば、もっと楽に近付けただろうに。温存か?

 それにしては、先のやり取りでも纏っていなかったが。


「纏わせられないからだよ」

「……あ?」


 纏わせない、ではなく。纏わせられない?

 青年――リオンは視線を落とした。


「俺は魔力の総量が少ないんだ。使おうものなら、ものの数分で空になる。回復も遅い」


 風と戯れる土埃を眺めていたのは束の間。光を宿した瞳で、剣を構え直す。


「すぐ動けなくなるくらいなら、使わないで戦う」

「ビビってるのにか?」


 その柄を握る手の震えを、見抜いた。


「怖いんだろう?」

「ああ、怖いよ」


 リオンはあっさり認めた。


「ぶっちゃけ、今すぐ逃げたい」

「なら逃げればいいだろう?」


 策もなければ、度胸もない。ラットのようだと評したが、違う。


「俺が節穴だったよ。君はラットとは別物だ。男は好きじゃないが、臆病者を殺すほど俺は冷たくない。二度と鍛治ができなくなる前に、消え……」


「けどっ!」


 疾風。斬りかかってきた剣を銃に噛ませる。

 薙ぎ払い、リオンへ叩き込む。


「あるんだ、夢がっ!」


 膝。


「簡単に逃げ出すような奴にっ、叶えられると思うか?」


 肘。


「何よりっ!」


 蹴り。


「俺を信じて送り出してくれた親父にっ! ――顔向けできねぇんだよ!!」


 距離を取って射撃に切り替えた瞬間、見切られた。弾を斬り捨てたリオンが一気に駆け、振りかぶる。

 斬撃が、ロックの髪を切った。


(魔力なしで、この強さ……!? ッこいつ、剣だけで、B級レベルはあるぞ!!)


 前言撤回だ。


(同じだぜ、ラットと。――厄介だ、この上なく!)


 直後、黒髪が滑り込む。風を殴るのは、ガントレット。


「おっと!」


 追い付いた少女の一撃を躱した。


「さすがにまずいか……。またな!」


 影へ飛ぶ。

 溶けるように潜り、逃げた__。






 リオンは逃がすまいと剣を振るうも空を切り、草が裂けるだけだった。

 

 逃げられた__。



 次の瞬間、後方の少し離れた影から現れる。

 殺到する弾丸。


 逃げた。距離を取るまでの間、攻撃は来ない―― 

 そう思わせてからの、心の隙間をつくような奇襲。


 避け切れず、ミルとリオンは被弾した。

 だが、倒れない。


「ロックなら、そうすると思ったよ」


 晴れた土埃の中から、ラットは言った。目の前の二人は、無傷とはいかない__。

 だが、立っていた。

 

 ロックが舌打ちする。


「胆力の水……魔力防御を上げたか」


 二人が被弾する直前。ロックの行動を読み、先にバンプガンで胆力の水を放っていた。


 距離を取るロックを見て、ミルが突進する。

 被弾を覚悟で__。


「いけない!」


 止めるが、遅かった。

 ロックの散弾がミルを襲う。


 誘われた__。


 ミルはギアノイド、多少の魔法攻撃ならば意に介さない。その上、アイテムで魔法防御力を上げている。

 だから、当たっても問題なかった。


 散弾だけなら__。


 〝ピアスレイ〟


 腕を貫いた一発に、ミルの身体が揺れる。ロックの後退は、追撃を誘い込む、罠だった。


「ミル!!」

「ミルさん!!」


 ミルは倒れない。だが腕が落ち、動きが鈍る。

 ラットは即座に煙幕を投げた。白い煙が広がり、ロックの発砲を妨害する。


 駆け寄ったリオンがミルの肩を支え、煙の中を歩く。

 尚も撃ち込まれる弾に注意を払いながら、ラットはマジックバックから魔力粘度を取り出した。地面に押し付け、岩のように盛り上げる。



 出来上がった即席の障害物の影に、マジックバックを置いて。



 中へ、潜んだ__。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、

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しばらく毎日更新予定です。

引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。


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